今日はフレデリック・パティ(通称パティ・23歳)とケヴィン・ワンジョヒ(通称ケヴィン・22歳)の二人のことを記したいと思います。

 

この二人は私がストリートの子どもたちを手がけ始めた頃に、出会った子どもたちです。

 

二人に出会ったのはほとんど同じ時期だったと記憶しています。2003年頃でした。当時パティは8歳、ケヴィンは7歳。パティとは路上で出会い、ケヴィンはある女性が連れて来ました。

 

パティは当時シンナー漬けの日々、シンナーに酔っ払って?よく路上で寝っ転がっていたものです。何か気になる子でした。ケヴィンはと言うと色々なところを転々としてきていましたが、おとなしい静かな子どもでした。当時はまだシンナーに手を出していませんでした。

 

偶然、この二人と出会い、彼たちを、当時ボランティアをしてくれていたBさん家族(両親と子ども二人)に預けました。この一家の隣に部屋を借り、二人をそこへ住まわせ、それなりのお金を支払って面倒を見てもらうことにしたのです。そこから学校へも通っていました。保護者会等は私が出ました。

 

1年ほど経った頃でしょうか、二人がそこを逃げ出したのです。あとで聞くと、Bさん家族にこき使われるのが嫌だ!とのことでした。そしてケヴィンは直ぐ見つかり、私の別の知人に預け、パティは別のNGOにいることが解ったので、そこへ出向き、彼と話しました。パティに<マダムと一緒に暮らしたい!>と言われた時に、私は子どもたちのホームを作る決心をしました。

 

その時には、この二人だけではなく、別の子どもたちにも関わり始めていました。その子どもたちのことも心に浮かんだのです。<子どもたちの家>をオープンしよう!と。直ぐに借家を探し始め、幸運にも当時も今も私が住んでいるキボコ地区の私の家の近くに1軒の家を見つけたのです。大家さんがとても親切な方でした。その後も色々お世話になったものです。

 

二人を引き取ったものの、パティはなかなかシンナーが止められず、逃げ出してはタウンへ。連れ戻しに行っては、またタウンへ。シンナーの売人と路上でパティの取り合いをした時のことは、今もよく覚えています。その後も、学校でも、ホームでも数え切れないほどの問題を起こし、更生院へ入れた時もありました。そこでも問題を起こし、逃げ出してきたこともありました。本当に手のかかる子でした。

 

その彼が落ち着き始めたのは、2010年に新しい子どもたちの家(通称ニュー・ホーム)に引っ越してきた頃からです。学校も転校し、新しい生活が始まりました。その頃には子どもたちの数も増え、20名近くなっていました。その中で、最年長者として、短気な気性を彼なりに矯めることも覚えたようです。学校でも責任感の強いことして、頼りにされていました。

 

一方ケヴィンはパティが荒れている時期にも、相変わらず、おとなしい物静かな、手のかからない、良い子でした。

 

その後、パティは私の手を煩わせることもなく、小学校卒業後カレッジで電気配線を学び、自立したのが2016年11月のことです。

 

一方、ケヴィンは高校へ入学したものの、その頃から荒れ始め、2年生で学校を退学、彼が望む洋裁の専門学校へ入れ、独立させてものの上手くいかず、家具も全部売り払って、大麻にのめり込んでいきました。あまりの酷さに、一度連れ戻し、改めて洋裁学校へ編入させたのですが、大麻を止められず、それも失敗、家を出ていきました。

 

そして、彼が逮捕されたとの報が入ってきたものの、手を出しませんでした。大麻を止められるきっかけになるかもという期待もありました。そして彼が釈放され働き始めたとの情報があった時、彼を呼び話し合いました。

 

<薬はキッパリ止めました!本当です。もう一度助けてください。もう一度チャンスを下さい!>という彼の目は、前回と違っていました。相談して、<ニュー・ホーム>に住みながら、働きに行き、日当の半分を私に預け、自立できる金額になったらホームを出て行くということにし、現在はニュー・ホームから職場へ通っています。子どもたちのこともよく面倒を見てくれています。

 

パティはと言うと、これまた自立したものの、なかなか永続的な職場が見つからず、色々な会社にアプローチしながら、モヨのパートスタッフとして働いています。

 

子どもたちの家を作るきっかけになったこの二人、今は若者ですが、本当に自立できるまでには、まだ少し時間がかかりそうです。

 

ふと思いつき、パティとケヴィンのことを記しました。

 

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