いつも応援いただき、ありがとうございます。
今日は、ぼくの”原点”の話をしたいと思います。

 

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ぼくは、宝塚市の標高250メートルの、
山の上にある公団住宅で生まれ育ちました。
いわゆるニュータウンです。

 

※山の中腹にある団地群。うちの実家です。

 

 

同じ世代の子どもたちが周りにたくさん住んでいました。
団地の前の砂場や道路にはいつも子どもたちや、お母さんたちがいました。

 

母親は専業主婦。家に帰って、ランドセルを置いたらすぐ外へ。
ある日は公園で手打ち野球や缶けり、ある日は友達の家でファミコン。
裏山に登ってヒミツキチを作ったり、側溝を探険したり、

道路でミニ四駆を走らせたり。
マウンテンバイクで15km離れた甲子園球場に行ったことも。

 

振り返ってみれば、僕にとっての「放課後の居場所」は無数にありました。

 

いまは、どうでしょうか?
柏市のようなベッドタウンでは、共働きの世帯が増え、また地域のつながりが減り
放課後、自由に外に遊びに行ける子どもの割合は減っています。

 

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僕の通っていた小学校は統廃合の危機。
当時は1学年4~5クラスあったのにいまは1クラスで、20名ちょっと。

 

”ニュータウン”に住み続けている親はいわゆる団塊の世代。
団地から子どもたちの姿は消え、高齢化の道を歩んでいます。

 

うちの親父は定年を超えてなお働いていますが、そろそろ退職。
地域との繋がりをほとんど持ってこなかった親父は、これからどうするのだろう?
実家に帰るたびに、そんなことを考えています。

 

ネクスファから徒歩5分のところには、豊四季台団地という、
1960年代に建てられた100号棟以上の団地群があります。
そこはまさに高齢化社会のまっただ中。
敷地内の小学校は、ピーク時は1,500名の児童がいたのに、いまや150名。

 

縁があって関わることになった柏の土地に、
なんとなく、実家と似た空気を感じています。

 

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「放課後の居場所の喪失」「ベッドタウンの高齢化」

 

この2つの課題に取り組んでいるのが、ネクスファです。

 

そしてさらに、今回の”えんがわ”プロジェクトを通じて、

世代を超えた”つながり”が自然発生するような

「多世代交流のコミュニティ」をつくりだす。

 

・・・ちなみに僕はこの”原点”を、

最初から抱いていたわけではありません。
ネクスファをスタートし、柏のまちや人に関わっていくに従って、

 

「そういえば、自分の放課後の居場所って色々あったな」
「うちの実家も高齢化社会になりつつあるなぁ」

 

などという思いを持つようになりました。

 

もちろん、今は実家から遠く離れた柏市で活動しているわけですが
いま、自分が”地域のえんがわ”をつくりたいという思いの原点が

生まれ育った子ども時代にある、ということ。
そして直接的ではないけれど、何かしらの形で自分の生まれ育った地域に

”つながる”チャレンジをしているんだ、と感じています。

 

僕にとって、柏のまちは第2の「ふるさと」。

これからも、関わっていきます。

 

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ここまでお読みいただきありがとうございます。


プロジェクトスタートから20日が経ちました。
これまで87人の方から89万円ものご支援を頂きました。
本当にありがとうございます。
ご支援と、メッセージをいただく度に、背筋が伸びる思いです。

 

そして、まだまだ達成には遠いです。
引き続き応援のほど、どうぞ宜しくお願いいたします!!
 

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