色彩楽園の活動のスタートは1995年1月17日の阪神大震災がきっかけです。地震に対してほとんど備えのなかった、私たち神戸に住む多くの人が何が起きたかわかるまでにかなり時間がかかりました。まだ、多くの人が眠っていた、あるいは起きたばかりの午前5時46分でしたので、パジャマのまま避難した人がたくさんでした。

 

1995年避難所(神戸市内)

 避難所には一瞬にして家や家族を亡くした人たち、ライフラインが断たれたために生活が困難になった人たちがたくさん集まりました。電気が復旧したのは早かったのですが、ガスが復旧したのは春でした。

 

 

 

 

 

 私たちは子どもたちのケアのために「おえかきやさん」として避難所などに出張しましたが、こころのケア自体があまり知られていないときでしたので、避難所の隅っこを借りることはなかなか大変でした。避難所となっていた小学校で実施していた時は教頭先生にあからさまにイヤな顔をされたこともありました。

 

 それから16年経った2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。すぐに現地に入っていたボランティアグループから要請があり、2週間後にはたくさんの画材を積んで米沢市の避難所へ出発しました。

まだまだ物資もガソリンも行き渡っていない時です。

 

2011年 東日本大震災の被災地へ

 

 

 

2011年 避難所(米沢市内)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 被災地に入ると、16年前の神戸と同じ光景が目の前にありました。

山と積まれた救援物資、

忙しそうに駆け回るボランティアたち、

体育館になんとか自分たちの居場所を確保している人たち。

 

 まるで16年前の神戸にタイムスリップしたようでした。

 「今、いったいいつ?ここはどこ?」

なんだかわからない不思議な感覚を持ったことを今でも覚えています。

 

 目の前の光景は神戸と同じでした。しかし、16年前とは大きく変わったことがありました。

避難していた、小さな子どもを持つお父さん、お母さんたちが私たち「おえかきやさん」をとっても歓迎してくれたのです。

 16年前はあんなに理解がなかったのに・・・

 今はこんなに若いお父さん、お母さんたちが子どものこころのケアを理解してくれている・・

 

 この16年で全国の子どものケアに関わる人たちがコツコツがんばってきたことが、今まさに目の前で実を結んでいると思うと、身体中の細胞が踊りだすようでした。

 

 おえかきケアは確実に定着し、広まっています。

 今年も被災した子どもたちの元へケア・プログラムを届けます。

 

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