ところで、おもてなしと道徳について考えてみたい。

 

そもそも、道徳とは何か?こんな時はWiki先生に聞いてみましょう。世の中便利になったものです。

 

人間が無意識の内に世の中に存在するものと認識している正邪・善悪の規範。個人の価値観に依存するが、多くの場合は個々人の道徳観に共通性や一致が見られる。社会性とも関わる。

出典: Wikipedia

 

要しまするに、何がいい事で、何が悪い事かってことですね、簡単に言うと。その考え方。そして、これは国や文化によって異なってきますよね。それはいいとして。。

 

じゃあ、何でここでおもてなしが出てくるの?となるんですが、実は、この2つ、ざっくばらんに言えば同じ線上にあると思うんです。つまり、道徳の延長におもてなしがあると言いますか。別の言い方をすると正しい道徳観があってはじめておもてなしがなされるということです。

 

今、日本独特の精神「おもてなし」ということを改めて考える時、どうしても頭に思い浮かぶのが「時泥棒」という言葉です。

 

時泥棒は、死罪(しざい)にも相当する「十両(じゅうりょう)の罪(つみ)」

江戸の人々は、相手の都合(つごう)を考えずに、いきなり押しかけてくる人のことを「時泥棒」などと、きつい言い方をしたのです。

お金は借りてもあとで返すことができますが、すぎさってしまった時間は取り返しがつきません。当時は、十両盗(ぬす)んだら死罪になる時代でしたが、時泥棒はその死罪にも相当する「十両の罪」だと考えられていました。

出典: よみがえれ!江戸しぐさ

 

なぜ、日本人は時間にクレイジーでいられるのか。たぶん、この時泥棒のような慣習から来ているのだと思います。何百年も前から「時泥棒は死罪!」みたいな社会があるくらいだから、自然に我々日本人の体には、この文化が染み付いちゃっているのだと思うのです。

 

だから、日本の電車や路線バスは分刻みでしかも、通常寸分も狂わない、何かの事故で数分遅れたとしても、放送やら何かでこれでもかってくらいお詫びする、その様は、海外からみると「凄まじい」のひと言です。

 

あらゆる納期だってそうです。いつか、インドで日本の企業が請け負ったインフラとかの大規模工事で、その日本企業が日本のやり方でやって、結果工期が数ヶ月早まったとかでインド側から大絶賛されていた記事がありましたが、こうしたことも広義で言えばおもてなしの精神だ。もっと言えば、時泥棒で何百年も過ごしてきた伝統的な慣習から来ています。

 

どんな業種でも同じことです。日本人なら誰もが納期にうるさいのは、自分のお客様に早く商品やサービスをお届けしたいからに他ならない。これも広義で言えば、おもてなしの精神から来ているのです。日本式の時間に対する感覚は世界から見れば異常でしかありませんが、グローバルマナーをやるからにはその強弱は別として、この要素は欠いてはならない重要なポイントになってきます。

 

ただ、この時泥棒の考え方は、おもてなしの精神であって、道徳観ではない。時泥棒は、「死罪」と言われたくらいだから、悪い事であるはずなのに。このことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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