お早うございます。松竹大谷図書館の武藤祥子です。

 

今回のプロジェクトでデジタル化を進めようとしているGHQ検閲歌舞伎台本は、ほとんどが昭和33年の開館当初から当館で所蔵している資料ですが、これまでハワイ大学のJames Brandon教授が、主に歌舞伎検閲の実態についての研究のため、表紙に記載されている英文の情報や、検閲番号、検閲通過印、検閲官のサインなどについて網羅的な調査を行ったほかは、細かく検証されてきませんでした。

 

今回、デジタル化を行うにあたって、当館所蔵のGHQ検閲歌舞伎台本の資料的重要性につきまして、早稲田大学教授で歌舞伎研究家の児玉竜一先生よりご解説をいただきました。

 

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「いやしくも歌舞伎の批評でも書こうかという人は、一度ぜひ大谷図書館へでも行って、検閲台本をお調べになるようお奨めします」と半世紀前に書いたのは、武智鉄二だった(「<かぶき>はどんな演劇か」)。

 歌舞伎という演劇はつねに権力の弾圧にさらされてきた。それは、歌舞伎が一般社会を反映し、代表する存在とみなされてきた栄光の裏返しでもある。江戸時代から近代に至るまで、時の政府は歌舞伎にあらわれる思想や流行、風刺に敏感だった。戦前には内務省による検閲があり、太平洋戦争後に進駐したGHQにおいても、それは変わることはなかった。

 

 GHQの総司令部直属機関だったCCD(Civil Censorship Detachment)で、実際の検閲業務に従事しておられた方にお話をうかがったことがある。GHQが日本人の心性に潜むものと考えて最も警戒したのは、「Revenge 復讐」と「Contempt of life 生命の軽視」だった、と明快に指摘された。仇討ちや切腹、身替りによる犠牲と救済をふんだんに含む歌舞伎作品群が、とくに恐れられたのは容易に想像がつく。松竹大谷図書館に所蔵されるGHQ検閲台本は、その検閲の現場の痕跡を伝える一級資料である。

 

 1940年代は日本国内の紙の質がもっとも悪い時期でもある。どのせりふを削り、足すかという実例は、めくるたびにホロリホロリと剥落する厚紙表紙の内側に、生々しく残っている。身替り劇の代表と目される「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋」では、身替りとなった小太郎の死を語る武部源蔵のせりふの内、「潔う首さし延べて」の「潔う」という二文字が削除を指示されている。また、これに対する松王丸のせりふでは、「健気な八つや九つで親に代つて御恩送りお役に立つたは孝行者、手柄者と思ふにつけ」という、「健気な」と「手柄者」が削除されている。自発的な身替りが奨励されるのはよろしくない、ということなのであろう。「義経千本桜」の「四の切」では、郷里で病の床に伏した佐藤忠信が「無念さ余つて腹かつさばかんと存ぜしかど」という、思い立ったけれど実行しなかった切腹を削られている。いかにハラキリが恐れられたかを示すともいえよう。昭和24年6月上演の「曽我綉侠御所染」の「時鳥殺し」では、表紙に「残虐なる印象を与へざるよう演出のこと」と明記されている。残酷な殺し場もまた、人間の多面性を表象する芸術の一表現であると主張する自由は、Occupied Japanにはなかったのだ。

 

 GHQの検閲台本は、早稲田大学演劇博物館に英文台本と、九州地方の群小劇団の台本群がある。だが、大歌舞伎の日本語台本は、松竹大谷図書館に知られるのみ。近年、GHQの検閲制度に関する研究は進み、国会図書館の憲政資料室に残されている文書や、GHQにいたゴードン・W・プランゲ博士がメリーランド大学に寄贈した雑誌資料(プランゲ文庫)の重要性が、幅広い分野にわたって認識されつつある。日本側に残された一級資料である松竹大谷図書館のGHQ検閲台本群も、ぜひともその重要性を認識される列に加えていただきたいものと念じている。


2015年9月14日

児玉竜一(早稲田大学教授)
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『時鳥侠客御所染』昭和24年6月新橋演舞場上演台本

 

 

デジタル化が実現すれば、傷んでしまった資料をこれからも長く保存できるというだけでなく、この貴重な資料を今まで以上に活用していただけるようになるでしょう。

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