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パアララン・パンタオの取り組みの紹介をつづけます。

2000年、パヤタスのゴミ山が崩落し、多くの犠牲者が出た事故のあと、パアララン・パンタオのレティ先生は、給食の実施を決心しました。

 

子どもたちに給食を提供したい、とレティ先生はずっと願っていました。まともに食事をしていない子どもがほとんどで、身長も体重も標準よりはるかに小さい子どもたちも多かったのです。安いスナック菓子で空腹をごまかす子どもたちに、栄養のある食事を与えたい。事故のあと、ゴミ拾いもできず菓子も買えない子どもたちのために、まず週に一度の給食の提供をはじめました。

効果はてきめん!!

いつもしんどそうにすわっているだけだった子が、2度目の給食のあと、みんなの前でアルファベットを読んで、先生たちをびっくりさせました。

翌年から給食は毎日に。私たちが日本から送る少ない予算をやりくりしながら、また崩落事故のあと、外国のNGOがパヤタスに入るようになり、その支援も得て、給食を定着させていきました。給食と一緒に、手洗い、歯磨き指導もはじめました。

(2001年。チキンとライスの給食! )

 

これまで、新学期に登録はしても、3か月もすると、クラスにこなくなる子どもたちも多かったのですが、給食を実施するようになって、一年を通して、子どもたちはパアララン・パンタオに通いつづけるようになりました。

勉強に自信をもてるようになったことで、公立小学校に通ったり、ハイスクールに進学する子どもたちの数も飛躍的に増えてゆきました。

(2010年、いただきますの挨拶……)

2012年まで、なんとかつづけてきた給食ですが、13年からは、フィリピンの物価高と日本の円安、これまで給食の費用をサポートしてくれた海外のNGOの撤退による予算不足で、続けられなくなっています。

可能なら一刻も早く、また給食を再開したいのですが、2校で300人の生徒がいるので、金額も年間150~200万円ほどかかります。簡単な軽食を出すとしても100万円ほどは必要ですが、あきらめず、願ってゆきたいと思います。

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