このクラウドファンディングプロジェクトを立ち上げた直後、連絡をくれた一人の高校の同級生がいました。「私ね、今沖縄に住んでいるんだけど、すごく共感したよ。」と。それが今回この新着情報を寄稿してくれた坪松美紗さんです。私も坪松さんも高校の時から不真面目ではなかったけれど、社会問題、ましてや核兵器や平和について語った記憶はなく、今回突然連絡をもらい正直嬉しくも驚きました。でもメッセージのやりとりをするうちに、彼女が沖縄で暮らしながら考えていることを知り、図々しくも「新着情報」という形で彼女の思いを寄稿してほしいとお願いしました。彼女が書いてくれたこの文章を読んで、私は沖縄に被爆証言を届け、現地の人たちと平和や安心・安全なくらしについて考える機会を設けたいと心から思っています。

 

本クラウドファンディングプロジェクトのリターンには「被爆証言会を『あなたの街』で実施します!」というコースがあります。『あなたの街』以外の街の指定もできます。もし沖縄での開催に協力したいという方がいらっしゃればぜひご検討ください。

 

(畠山澄子)

 

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私は今、沖縄で0歳児の子育てをしています。平和のことや被爆者のことは、特別に意識して活動してきたことはありません。けれど、このおりづるプロジェクトを知って、発起人であり高校の同級生である友人の文章を読んで思うところがあり、思わず彼女に連絡したことがきっかけでこの記事を書いてます。

 

私は東京から沖縄へ移住した人間です。

 

自然も色彩も豊かな沖縄。


高校を卒業して憧れの東京で大学生活を送り、就職も東京でした。元々学校という場が好きで教員志望でしたが、学校以外で学べる場の魅力や必要性、また大人になって学ぶことの大切さに関心を持ち、社会教育の仕事に携わっていました。その仕事で担当していたのは人権や福祉、環境などをテーマにした講座の企画運営です。大人を対象とした人権の講座では、部落問題やLGBT、ハンセン病など、大切なことなのに学ぶ機会がなかなかないテーマを取り上げていました。

 

そんな私ですが、結婚を機に東京での仕事を辞め、沖縄に住むことになりました。沖縄に思い入れがあったというよりは、たまたま縁あって沖縄・名護市の東海岸、久志地域で暮らすことになりました。今はこの地域の活性化に取り組む仕事をしています。

 

仕事で受入をしている大学生のボランティアの子たちと地域の方々と。前列左が筆者。

 

私の住む嘉陽という集落の話をします。

 

人口70名。高齢化率は50%を越え、20代は私たち夫婦を含め5人、子どもは娘を含め4人です。そんな嘉陽は伝統行事も多くて大変ですがとっても楽しい地域です。お散歩していると必ず誰かに声をかけてもらえて、温かい人の繋がりの中で暮らせています。

 

嘉陽の伝統行事ではなくてはならない存在のさよおばぁというおばぁがいます。たくさんお世話になっていることもあって、さよおばぁとたくさんゆんたく(おしゃべり)をします。その中でもう暗記してしまうくらい聞く話が、戦争の時の話です。

 

嘉陽生まれのさよおばぁが伊江島へ家族で疎開したこと。1000人もの人が入る豪で過ごした夜のこと。おじさんに連れられ船に乗ったこと。着いた港から何日も1人で山道を歩いたこと。轟音に怯えた日のこと。見ず知らずの人に助けてもらったこと。嘉陽に帰って来られた日のこと。その後の日々のこと。

 

目の前で80代のさよおばぁが10代の時のことを昨日のことのように話します。その話す言葉ひとつひとつがバトンのようで、受け取って嘉陽に暮らす私に何ができるのだろうか、と日々考えています。

 

娘をあやすさよおばぁ。なんと新年にはお年玉もくれました!

 

2016年12月。そんな嘉陽のすぐ目の前の静かで穏やかな海にオスプレイが落ちました。その日は夜中空が騒がしく、朝になるといつも静かな水平線に沢山の船があり、煙も上がっていました。

 

0歳の娘が大きくなる頃、この海で遊ぶようになったら、今の社会は、そしてこの地域はどうなっているのだろうか。

 

地域活性化に取り組む仕事をしていますが、果たして目の前の過疎高齢化や空家対策などという課題と向き合っているだけでいいのだろうか。

 

平和について、もっと私は考えて行動しなくていいのだろうか。このまま流れに身を任せていて、娘を守れるのだろうか。

 

家の前に広がる海。この平和な日常を失いたくない。

 

子どもが生まれた今、平和や環境についてより危機感や責任感を持つようになりました。そしてそれは沖縄にいて、おばぁのような「当事者の話」を聞いて、聞き流して終わらせてはいけないと感じているからこそだと思います。

 

「当事者の話」を聞くことは「自分ごととして考える一歩」になると考えています。そしてそれが、核の話は全然関心がなかったのに、私がこのクラウドファンディングに興味をもった理由なのだと思います。

 

平和や核問題は、どこか遠い話だと思ってしまいがちかもしれません。だってニュースで取り上げられるくらいだし、大人になったら詳しく学ぶ場もないし、今は仕事や暮らしで忙しいし・・・私も同じです。

 

でも、そうして放って置いていいのでしょうか。私は嫌です。

 

娘に残したいのは安心して暮らせる社会。そのために私は何ができるのだろうか。

 

前職の社会教育の仕事で学んだことに「人が学べば、地域が、社会が変わる」ということがあります。このプロジェクトの発起人の畠山さんの文章にあった「欲しい未来の形をしっかりと持ち続けることが、実は社会を変えていく一番の原動力なのだ」という言葉とだぶります。

 

今、沖縄で暮らしておばぁの言葉を受け止めながら日々感じていることとこのプロジェクトとが私の中ではすごく繋がって、このプロジェクトに協力したいと思うようになりました。

 

私は沖縄で被爆者の話を聞きたいです。そんな場を作りたいのです。

 

私たちが今、普通に暮らして普通に生きていること。それは当たり前のことじゃないって、なくならないと気づかない。その時を待ってちゃダメだって思っています。

 

私は娘と、家族と、そしてこの地域の方々と平和に暮らして生きていきたい。できればこの記事を読んでくださっているあなたとも、そんな想いを共有していきたい。

 

このプロジェクトを通してそんな「欲しい未来」をみんなで考えていきたいと思います。

 

嘉陽の公民館。人が集う大好きな場所です。


(坪松美紗)

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