プロジェクト概要

1945年8月、広島・長崎に原子爆弾が投下されました。

たったひとつの爆弾によって、広島では14万、長崎では7万の命が奪われました。

放射能の影響は今も多くの人を苦しめています。

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原爆の投下から72年の月日が経ちました。

原爆のほんとうの恐ろしさを知る被爆者の平均年齢は81歳。

私たちは「当事者の“生の声”」を直接受け止めることのできる最後の世代です。

ピースボートは、日本に拠点をおく国際NGOとして、核兵器のない世界をつくるために世界中を航海する「おりづるプロジェクト」を実施しています。2008年より広島・長崎の被爆者とともに船旅を通じて世界各地で原爆被害の証言会を実施し、核兵器廃絶のメッセージを世界に届けてきました。

 

2017年12月、ピースボートが国際運営団体として中心的な役割を担う核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が、ノーベル平和賞を受賞します。平和教育やシチズンシップ教育含め、核兵器を禁止し廃絶する機運が高まっている今日、ピースボートは世界での証言活動の経験やこれまでの船旅でつながってきた全国の市民のサポートを活かし、国内でもたくさんの証言活動を実施したいと考えています。このためには、多額の資金が必要です。
 

本クラウドファンディングで集まった支援金は、証言活動の実施に係る諸経費等に充てさせていただきます。私たちの活動を応援していただけたら、とても嬉しいです。

 

19歳、被爆者とともに世界を旅した。

あれから10年、今度は私が発信したい。

 

こんにちは、畠山澄子です。ピースボートスタッフとアメリカでの大学院生、二足のわらじを履いて毎日駆け回っています。

 

19歳の時にボランティア通訳としてピースボートの船で103人の被爆者と世界を旅しました。その時の出会いと経験がきっかけとなり、広島にも長崎にも縁もゆかりもなかった私が、その後10年にわたって被爆者の証言を世界に届ける活動に関わり続けています。

 

私がピースボートの同僚と一緒に携わる「ヒバクシャ地球一周~証言の航海」(通称:おりづるプロジェクト)では、2008年からほぼ年に一回のペースで、合計11回の地球一周を被爆者とともにしてきました。訪れる各国で、核兵器のない世界を目指して被爆証言を届けています。

 

 

 

このプロジェクトを続けてきた私たちにとって2017年は特別な年になりました。7月、国連で核兵器禁止条約ができました。原爆の恐ろしい威力が世界に示されてから72年、被爆者をはじめ多くの人が夢にまで見た条約です。それを受けて、ノーベル平和賞が核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に贈られることになりました。世界は核兵器のない世界に向けて、確実に前に進んでいます。

 

私たちは被爆者の声と思いを直接聞くことのできる最後の世代だと言われています。被爆者の平均年齢は81歳をこえ、私が出会った被爆者の中にも核兵器禁止条約もノーベル平和賞受賞も知ることなく亡くなった方がたくさんいます。今私たちにできることは、被爆者の声に改めて耳を傾けることです。

 

核兵器のある世界とない世界、どっちがいいかと聞かれたら核兵器のない世界がいい。被爆者の話を聞くと、そのシンプルな「核兵器のない世界への『YES』」をしっかりと掲げることが何よりも大事なのだと気がつきます。そのために、今あらためて日本中の人に被爆者の声を聞いてほしい。このキャンペーンを、ぜひ応援してください!

 

ICANのノーベル平和賞受賞が決まった直後の10月9日、
2008年に地球一周をともにした仲間が久々に集いました。

 

 

「戦争を知らない世代」として「戦争が溢れる時代」に生まれた私。
戦争の悲惨さにリアリティはなく、
戦争反対なんて意味がないと思っていた。

 

少し回り道になりますが、被爆者に出会う前の私の話をします。

 

1989年生まれの私は「戦争を知らない世代」です。親も戦後にうまれているので「戦争を知らない2世」といったほうがいいかもしれません。戦争が悲惨なものだということは本や教科書に書いてあります。でも実際に話を聞くと、小学生だった祖父母から聞けるのは「戦時中は甘いものが食べられなかった」というような話。正直いまいち悲惨さがわからないと思っていました。私が通った埼玉県の公立の小中学校もすごく平和教育に熱心だったわけではなく、被爆証言は一度も聞いたことがありませんでした。

 

戦争は悲惨だからもう二度とあってはいけないとことあるごとに言われるわりに、小さいころからテレビをつければ常に世界のどこかで戦争や紛争が起きていました。ユーゴ紛争、ルワンダ虐殺、そのあとに9.11同時多発テロが起きて、そこからイラク、アフガニスタン…。戦争なんて結局なくならないと信じていたし、戦争反対と言い続けて戦争がなくなるのなら世界平和はとっくに訪れているはずだと思っていました。

 

小中校と繰り返し目にしていたはずの原爆投下後の広島の写真。
「ここに人間がいたということ」を想像できなかった私。

 

 

「あの60秒」を生き続ける被爆者…

彼らの痛みをなかったことにしたくない。
被爆者とともに胸を張って核兵器のない世界を目指すと決めた。

 

「本当にそれでいいの?」
問いかけるきっかけになったのは被爆者との出会いでした。

 

2008年、19歳になったばかりの夏に、ボランティア通訳としてピースボートの「地球一周の船旅」に参加しました。偶然にもその年ピースボートは25周年を迎え、私が参加したクルーズにはその記念事業として広島・長崎で被爆した103人の被爆者が招待されていました。

 

4カ月毎日寝食をともにしながら、被爆者には孫のようにかわいがってもらいました。一緒にご飯を食べ、他愛もない会話に花を咲かせ、寄港地では初めてみる景色に一緒に感動しました。船旅の途中でわかった大学合格の知らせにはみんなが自分のことのように喜んでくれ、船旅の最後の日には別れが惜しくて声をあげて泣きじゃくりました。「ヒバクシャ」という単語でしか認識していなかった彼らがいつしか、ピアノが上手で船の合唱団をまとめる大森さん、お茶目で卓球好きな吉田さん、手先が器用で編み物が上手な石黒さんになりました。

 

 

 

地球一周を通してたくさんの証言の場をともにしました。聞くたびに思い知らされたのは、被爆者は原爆投下というたった60秒余りの出来事を今も生き続けているということでした。当時を思い出し、何度話しても溢れる涙をとめられない被爆者がたくさんいました。水を求める人を見殺しにした自分、探しても探しても見つからなかったお姉さん、泣きながら妹の体にわくウジ虫をとり続けていた母…通訳をマイクに吹き込みながら、気づけば私も泣いていました。通訳が泣いてはいけないと必死にこらえても、どうしても溢れる涙が止まりませんでした。

 

被爆者は「当たり前」を奪い続ける放射能とも闘い続けていました。中学生の時に同級生が次々と白血病に倒れていくのを見て、「次は自分かもしれない」という恐怖と闘ったと話してくれた被爆者がいました。誰も自分が被爆者だということを知らない土地に行きたくて、被爆地を離れて国外に移住した人がいました。結婚したいと挨拶にいったら被爆者とは結婚させられないと親に猛反対された人もいました。結婚もしないし子どもを産まないと決めた人にも出会いました。複数の癌を患いどうしてこんなにも周りに迷惑をかけないといけないのだと私の前で泣いた人もいました。

 

2013年7月、シンガポールでの証言会で話す笹森恵子さん。

 

 

人は学校に行き、大人になって恋愛をして、結婚して子どもを産んで、それなりに好きな仕事をして生きていく。ナイーブにもそう信じていた当時の私は、被爆者の話を聞くたびに頭を殴られたような気分になりました。

 

被爆者との地球一周を終えて、決めました。
私は被爆者とともに胸を張って核兵器のない世界をめざす。

 

2011年夏、ロンドンで行われたグローバル・ゼロのワールドサミットで
世界各国の政治家や学者の方々の前でスピーチ。

 

 

理想を掲げ続けることは無責任でもなんでもない。
理想を形にしていくことは社会を動かしていくということ。

 

あれから10年間。私は今も被爆者のみなさんととともにおりづるプロジェクトを通して証言を世界に届けながら、核兵器のない世界をまっすぐに見据えています。

 

この10年の間に、被爆者が伝え続けたメッセージが多くの個人の原動力となり、核兵器をめぐる世界の情勢がどんどんと変わって行くのを目の当たりにしてきました。被爆者の証言を真剣に受け止めた政治家が動き、若者が動き、科学者が動き、核兵器の非人道性をテーマとする国際会議が立て続けに開かれました。そしてついに2017年7日7日、国連で核兵器禁止条約が締結されました。原爆投下から72年、核兵器は法的に禁止されたのです。そしてこの流れを汲んで長年この条約の締結に向けて努力を続けてきた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が贈られることも決まりました。

 

活動を続ける中で、核兵器をなくすなんて理想論だという人たちにも多く出会ってきました。かつての私のような人たちです。でも、理想を掲げ続けることは無責任でもなんでもありません。むしろ、欲しい未来の形をしっかりと持ち続けることが、実は社会を変えていく一番の原動力なのだということを私はこの10年で学びました。

 

核兵器が使われたら何が起こるのかを知っている私たちは、核兵器のない世界とある世界のどっちがいいかと聞かれたらなんと答えるのか。まずはそこから出発することが何よりも大切です。欲しい未来は自分たちで描く。具体的な実現の仕方はみんなで考えれば絶対に見つかると思っています。

 

2017年3月、核兵器禁止条約交渉会議のオープニングで証言をした被団協事務局次長の藤森俊希さんと。
この日は国連の本会議場で藤森さんの通訳をしました。

 

 

被爆者の声を今改めてしっかりと受け止めること。
それが絶対に未来の自分たちを突き動かし続ける。

 

実は、せっかく核兵器禁止条約ができたのにも関わらず、日本はこの条約に賛同していません。それどころかこの条約について話し合う会議に参加することさえしませんでした。核兵器禁止条約とICANのノーベル平和賞受賞は、核兵器の終わりの始まりです。この動きを無駄にしないためには、ぶれない理想を掲げ続けることが前に進む一番の原動力なのだと教えてくれた被爆者のバトンを、私たちがしっかりと受け止め、次の世代につながなければいけません。

 

今は亡き長崎の被爆者に言われた言葉があります。

 

「核兵器が使われない100年をまず目指したいと思った。でもそれさえ僕たちだけではダメなんだよ。」

 

10年前のこの言葉が、今も私を突き動かしています。

 

故・出口輝夫さん、出口サナエさんと。

 

 

今回このキャンペーンを立ち上げたのは、この核兵器禁止条約の成立とICANのノーベル平和賞の受賞をうけて、改めて、私たち若者含め全世代の声をひとつにして核兵器のない世界へのYESを発信したいと思ったからです。そのために、被爆者の声をもう一度日本全国に届けたいからです。


核兵器のない世界とある世界、どっちがいいかと聞かれたら核兵器のない世界がいい。その「当たり前」を大きな声で言う勇気を、みんなで持ちたい。私はそう思っています。

 

被爆者の言葉の重みを受け止めた経験は、誰しもにその勇気をくれると信じています。

 

このキャンペーンでは被爆者の証言会を柱に、全国に核兵器のない世界へのYESを広めていきます。下記のアクションを展開していくための資金として、クラウドファンディングで支援を募っています。

 

アクション①全国で被爆者の証言会を開催!

 

被爆者の平均年齢は81歳をこえ、昨年度は9,000人を超える被爆者が亡くなったとも言われています。もし、被爆者の声を聞いたことがない人がいるのであれば、遅くなる前に届けたい。そのために、まずは国内10都市で被爆証言を届けるイベントを行います。


開催予定地:札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、大阪、広島、福岡、長崎、沖縄
この他証言会を開催してくれる団体を全国各地から募集しています!

 

アクション②ピースガイド養成!

 

一人でも多くの若者に被爆者の声を受け継ぎ核兵器のない世界を目指して発信できる人材になってもらうべく、「ピースガイド」養成講座を行います。ピースガイドは被爆者と聴衆の橋渡し役として、全国各地で被爆者とともに証言会をつくっていきます。

 

ノーベル平和賞受賞直後に行われた木村徳子さんの証言会にて。
photo by Mizumoto Shunya

 

核兵器の問題でお金を集めるのってとても難しい。
だからこそ、不可能ではないのだと示したい。

 

率直な話をします。核兵器の問題でお金を集めるのってとても難しいんです。お金が集まったところですぐに核兵器がなくなるわけではないからかもしれません。そうであれば、いま同じお金で確実に助けられる命や支えられるコミュニティがあると考える人が多いのかもしれません。そのような中で、たくさんの被爆者が、時には手弁当で、被爆証言を広める活動を続けてきました。私たちも同様です。

 

でも今回はお金にこだわりたいと思っています。予算がないからと諦めてきた証言会をもりあげるためのネット上のムーブメントや著名人への働きかけなど、質にこだわってキャンペーンを展開したいからです。そして、全国の人たちが核兵器のない世界に募金という形で賛同の意思表示をしてくださることが、被爆者にとっても励みになり、このキャンペーンを支える大きな力になると思うからです。集まったお金は証言会の準備・開催費用や移動交通費、宿泊費の他にも人件費など、キャンペーンを広げていくために必要な経費に使わせていただきます。

 

必ず核兵器のない世界をいつか見ることのできるように、おりづるプロジェクトのメンバーは日々一生懸命やっています。プロジェクトに少しでも賛同いただけましたら、SNSでのシェア、そしてプロジェクトへのご支援を、どうかよろしくお願いいたします。

 

これまで「おりづるプロジェクト」に関わってきたピースボートのスタッフです。
この10年で家族も随分と増えました。

 

 

本プロジェクトのリターンについて

 

みなさまからのご支援に対して、ご支援額に応じた様々なリターンをご用意しています。詳細はリターンの項目をご参考ください。

 

サンクスレター

感謝の気持ちを込めて、サンクスレターをお送りします。

 

川崎哲著書『核兵器を禁止する』(サイン入り)

ノーベル平和賞受賞団体ICANの国際運営委員(日本からは唯一!)を務める川崎哲の著書「核兵器を禁止する」をサイン入りでお届けします。

 

証言会へご招待いたします。

最寄りの地域で開催される証言会へご招待します。

※詳細は別途ご案内します。

 

ノーベル平和センター限定のお土産 「ノーベル賞メダルチョコレート」

ノーベル平和賞授賞式にあわせてオスロに行くプロジェクトスタッフが、ノーベル平和センター人気の限定お土産「ノーベル賞メダルチョコレート」を買ってきます。

 

プロジェクトのご支援方法

 

本クラウドファンディングへのご支援の際は、「クレジットカードでの支援」もしくは「銀行振り込みによる支援」の2種類をお選びいただけけます。

 

下記より支援のマニュアル(PDF)をダウンロードいただくことが可能です。

 

クレジットカード支援マニュアル

銀行振り込み支援マニュアル

※ご支援にはアカウント登録が必要になります。

 

このプロジェクトへのお問い合わせ

 

このプロジェクトに対するご支援のご相談・取材等に関するご相談は下記フォームよりお願いいたします。

 

お問い合わせフォーム:https://peaceboat.org/contact.html

 

ホームページ:http://peaceboat.org/home.html

ピースボートFacebook:https://www.facebook.com/peaceboatvoyage/

おりづるプロジェクトFacebook:https://www.facebook.com/pb.orizuru/

おりづるプロジェクトブログ:https://ameblo.jp/hibakushaglobal/

 


※本プロジェクトですが、2018年1月31日での募集終了を予定しておりましたが、システムエラーにより、本来より長い日数(2018年2月1日終了)が表示されておりました。そのため、2017年12月8日時点で正しい表示となるよう修正いたしました。 皆様には誤った掲載期間をお伝えしてしまい誠に申し訳ございませんでした。

Readyfor事務局 追記


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