こんにちは、門田です。

 

今日は、理事の大島さんが書いてくれたエッセイをご紹介します。

私たちの団体名は、特定非営利活動法人エイズ孤児支援NGO・PLAS。

この「PLAS」という名にどんな思いが込められているか、ぜひご覧ください。

 

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2005年12月、これから一緒に団体を立ち上げる仲間たちとの

ミーティングに向かう電車の中、

私は団体名をどうしようかと考えていました。

 

まず、一目で何の団体か分かること。

そして、私たちの独自性が感じられる団体名にしたい。

 

何の団体か、という部分はエイズ孤児、「AIDS orphan」を

入れれば済みますが、独自性という部分はどうしたものか…

 

この時、ふと「Positive Living」という言葉が頭に思い浮かびました。

「Positive Living」という精神/生き方に触れたのは、

この時から遡ること8ヵ月前。

私がウガンダで3ヵ月間ボランティア活動に参加していた時です。

 

活動先は、HIV陽生者が設立した

TASO(The AIDS Support Organization:エイズ支援機構)という団体。

この団体でのモットーが、「Positive Living」でした。

TASOで一緒に活動させていただいたドクターやナースたち

 

この団体が設立されたのは1987年。

爆発的にHIV感染が拡大し、

HIV陽生者やエイズ患者に対する偏見、差別が色濃く残っていた時代。

 

「つらい状況にあっても、

卑屈になって家に引き籠っていては何も変わらない。

自分を受け入れ、誇りを持って生きよう」

という設立当時のモットーは現在も変わらず、

「Positive Living」を合言葉に、

HIV陽生者であるスタッフたちが活動していました。

 

私の活動の一部だったのは、

HIV陽生者のメンバー達で構成されたTASOのドラマグループのお手伝い。

 

ドラマグループとは、文字が読めない人たちが多い地域などに出向き、

HIV/エイズとはどのような病気なのか、

何が差別にあたるのか、といった内容の寸劇上演や、

自分たちの実体験を基にした歌を歌うことで、

HIV/エイズ啓発を行うグループです。

 

メンバー達は歌います。

“You and me, let’s fight ‘till the end/わたしと一緒に、歩み続けよう”

 

出張した村にて歌うTASOのドラマグループ

 

以前よりは改善したとはいえ、私が活動していた2005年当時、

まだHIV/エイズに対する偏見、差別は残念ながら存在していました。

 

それでも、自分たちのHIVステータスをカミングアウトし、

時にはユーモアを織り交ぜながらPositive Livingを体現している

メンバー達を見て、人に勇気を与えるカッコイイ生き方だなぁ、

と感じたのを覚えています。

 

「Positive Living」、

あの合言葉が似合う団体にできたらなんと素晴らしいことか。

 

遠いアフリカだけど、

エイズ孤児やHIV/エイズに影響を受けた人たちと一緒に歩み続ける、

そして私たち自身もカッコイイ生き方を目指す、

という思いを込めて、

「Positive Living through AIDS Orphan Support」、

略してPLASという団体名を仲間たちに提案し、

これが団体名となりました。

 

明るいニュースが少ない現代ですが、

そんな今だからこそ、「Positive Living」を合言葉に、

PLASも、私自身も、世界の人々と一緒に歩み続けていきたいと思います。

 

▼著者プロフィール
大島陸(エイズ孤児支援NGO・PLAS/理事)

1981年東京生まれ。2004年、米国ニューハンプシャー州立大学生物学部卒業。
2005年、3月から3ヶ月間、現地NGOエイズ支援機構The AIDS Support Organization(TASO)でのボランティアに参加。
それをきっかけに、エイズ孤児支援NGO・PLASの立ち上げに携わり、2011年夏からケニアに駐在、母子感染予防事業やウガンダでの新規事業の立ち上げなどを中心に活動。現在は理事を務める傍ら、某企業にてゲーム翻訳者として活躍中。

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