カナダ北極圏単独徒歩750km終了のご報告。
そして次の夢への一歩を踏み出し続ける為に。

 

 

 

お久しぶりです。夢を追う男の阿部雅龍です。
まずはいつも応援・支援して下さり有難うございます。あなたのお陰で無事に冒険を終了する事が出来ました。

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54日間で約750kmを歩きました。去年の冒険よりも自分が遥かに極地冒険に対応した感覚があり、南極冒険に向けて確かな手応えを感じています。海氷状態でのルート変更があったものの南極に向けての冒険としては成功と言える結果です。

 

 

当初はレゾリュートからカナダ最北端の村グリスフィヨルドの往復約1000kmを予定していましたが、今年は”僕のルート上の”海氷状況が悪く、最悪は氷が割れて海に落ちる可能性か、もしくは割れた海氷の上で行きも戻りも出来なくなる可能性があり、現状では海氷上へ着氷してくれるエアーラインがないので助けを呼ぶ事も出来ない可能性もありえます。

 


42日目に500km歩いてグリスフィヨルドに着いた時点で海氷状態の衛星写真を見てルート変更を決定しました。(詳細はまた後日に)

 

当初の計画を変更するという事はあなたに応援して貰っている以上は心苦しいものでもありました。心の中に穴が空きそうになりました。


それでも南極に向けて今の自分に出来る事を今出来る範囲内で最大限やるしかないと思いました。今までの人生でも思い通りにならなかった事は沢山あります。その状況でも将来に向けて僕が何をすべきか・・・。

 

村に到着後してレゾリュートに直ぐにフライトするのではなく、海氷に戻りグリスフィヨルド周辺にあるフィヨルドを歩いていました。南極に近い環境を想定して深夜に歩きました。白夜と言えども夜ならば日射量も小さく気温も下がります。風の強いフィヨルドを歩く事で南極のカタバ風(南極特有の強風)の中での行動が想定できます。深夜24時の真北に見える太陽でナビゲーションをする事は南極では必須スキルです。周辺を歩く事が思った以上に多くの経験を積む事にもつながりました。

 

極地の自然は厳しいものです。自然は誰に対しても平等に冷酷です。


ソリは最終的に140kgの重さから始まりました。通常、2か月の冒険ではソリは120kg以下の場合が多いのですが、これからの冒険に向けてわざと重くして出発しました。140kgもあるソリで標高差のある内陸部を歩くのは体力消耗を伴い、北極の精霊達が歩きを戸惑わせているような重さでした。気温は-40℃まで下がり、強風が吹いた時は体感気温は-50℃以下に下がりました。白くまに何度も遭遇し、テントを蹴られて穴が空いた事やテントの傍に2匹のクマが1時間以上居座っていた事もあります。

 

極地の自然は美しいものです、自然は誰に対しても平等に華美です。


太陽が幾つも見えて太陽に丸い虹がかかります。輝くクモの糸のようなダイヤモンドダストが空から降ってきます。割れた氷の下からアザラシが呼吸をする音が聞こえ、極地特有の青空のかけらみたいに薄い青空が空を彩り、渡り鳥が群れをなし飛んでいきます。白くまに遭遇した時は、恐怖よりも厳しい環境で生きる気高き美しさに溜め息がこぼれました。

 

母校・国立秋田大学の素晴らしい学生達とチームを作って協同で冒険の発信・共有。現地の教師やイヌイット達と学生を繋いでビデオ通話をして日本と違う世界を分かち合う事が出来ました。


冒険で訪れた北極の村々の学校で計4回の講演活動をする機会に恵まれました。
これらは今度の冒険活動に繋がって行く核心的部分でもあります。

この冒険を成し遂げるに10年かかりました。


両村間を歩くというのは僕が22歳の頃にいつかやろうと決意した冒険です。22歳で冒険を志した頃の僕には遥かに遠く不可能に思えるものでした。遠すぎて気力がなくなるように感じたものです。


才気のある人なら2,3年あれば準備して完遂できると思います。ところが僕のような凡人には10年かかりました。人並みに何かをするには昔から数倍の努力が必要な子供でした。僕もまさか10年もかかるとは思っていませんでした。自分の素質の無さが正直嫌になる位です。

 

でも今の自分なら10年前の自分に言える。
「努力し続けて、多くの人達と協力してやってやったぜ」と。
願わくば、南極への果てしない課題に根を上げてしまいそうな自分に、10年後の自分が同じ事を言ってやりたいと思います。

 

現地では多くの人達が温かく迎えてくれました。出会った現地警察やレスキュー隊や地元住民、皆で冒険の現状を共有し合ってくれて、グリスフィヨルドでは地元住民が旗を持っての歓待をしてくれ、レゾリュートで泊まったホテルではレセプションに現在地を毎週印刷して貼っていてくれていたそうです。


僕はこうして冒険を通して世界中で出逢った人達に暖かく迎えて貰って来ました。現地の人達の協力なくして冒険は決して出来ないものです。更には日本の人達、秋田大学の学生達。出逢った人達の愛が背中を押してくれていました。-30℃の雪原を歩きながら、僕は世界で一番幸せな男かもしれないと何度も思ったものです。

夢を追うというのは素晴らしい事です。夢は叶わない事もあります。目標は実現できない事もあります。それでも必死に過ごした瞬間は光り輝いています。その瞬間瞬間を真剣に生きていれば、後に失敗も素晴らしい経験になり新たな成功へと繋がります。僕は冒険しか出来ない人間で、それを取ったら何も残りません。だからこそ、僕は表現者として冒険をして伝えて行く事で夢を追う素晴らしさを伝えたい。それが僕の使命だと直感しています。

 

 

21日夕方に帰国ですが、週末の23日24日は浅草で早速人力車を引きます。それから直ぐに報告会と講演会でしばらく周ります。
人力車は冒険のトレーニングでもあり、誰かの心に一生残る思い出を提供できる僕が愛する素晴らしい仕事です。

 

 

 

僕も弱い人間です。残念ながら特別強い人間ではありません。止まったら動けなくなってしまうかもしれません。
走り続けていたい。夢を追い続けていたい。
そしてそんな自分でいたい。
僕の現在地は通過点でしかありません。
次の夢への一歩を踏み出し続けます。

改めて応援下さり有難うございます。いつもあなたの気持ちが背中にある事を心から感謝しています。

 

 

愛と感謝を込めて

Keep Dreaming, Keep Smiling!!
夢を追う男 阿部雅龍

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