私の制作テーマである「メメント・モリ」について。

 

 

 

メメントモリは「死を想え」「死を記憶せよ」「自分がいつか死を迎えることを忘れるな」という意味。

 

 

 

ヨーロッパ中世末期によく使われたラテン語の宗教用語です。

 

旅先で教会拝観によく行っていたり、宗教的なモチーフを使うことが多いので時々聞かれたりしますが、私自身はキリスト教徒ではありません。

 

 

実家に帰ったら仏壇に手を合わせ、近所の天満宮にお参りに行きます。
(この辺りの感覚は典型的な日本人の感覚だと思います・・・。)


目に見えない大きな流れや力は存在すると思っていますし、
付喪神(つくもがみ)→(長い年月を経て古くなったり、長く生きた依り代(道具や生き物や自然の物)に、神や霊魂などが宿ったものの総称。)も存在すると思っていますが、特定の宗教を信仰している感覚は持ったことがありません。

 

 

 

それでもこの言葉は自分が表現したいこと、考えていることに一番近い気がして、大学の頃からメインテーマとして据えています。

 

 

 

 

 

 


人は生まれてからしばらくは誕生から現在のみを見つめ、死に背中を向けて進んで行きます。


ある時点で自分がいつか死ぬことに気づき、方向を変える時が訪れます。
その時点から誕生に背を向け、死に向かって人生を歩みはじめる。

 

 

生きて行く中で発する感情(ネガティブなものもポジティブなものも含め)、生という光と、それに伴う闇(死)。自然に対する畏敬の念。取り巻く環境に受ける影響。

 

 


 


生から死へのラインの中では「肉体による制限」が大きな存在を占め、加齢や病気、身体的特徴やそれにまつわるコンプレックスなど、常に肉体に束縛されています。

 

 

私も、身近な人の死を経験したことや、生活をして行く上で肉体によって制限されている感覚を強く意識しながら生きています。


 


特に女性は「肉体の制限」があることについて考えることが多いのではないでしょうか?
(男性の身体感覚は私には分からないので、
あくまで私がそう思うというだけですが)

 

 

 

私の実感として、女性は男性よりも力が弱く、体力も劣る。
生物学的に。
私は体が強い方ではないので、体調崩して寝込むこともちょいちょいあるし。
(このへんはジェンダー差よりも個人差が強いかな)

 

 

 

 


肉体の制限があること、そのことによって思考回路や、下して行く決断も変わって行くこと。

 

 

単純に自分が着たい!こういうのが欲しい!
という気持ちで作っているのもありますが、
絵羽着物やオブジェ作品はそういうことを作品で表現できたらと思って制作をしています。

 

 

 

 

 

 

 


「まだ遠くにある」と思っていた死が2011年の大震災で存在感を増し、これまでにない強烈な実感をもって、間近に迫ってきました。


これまで人類が繰り返し行ってきた祝祭と葬列、祈りと、自然の理と生物の営みを私なりに表現できたらと思い、3年前の個展は「祝祭と葬列」というタイトルで開催しました。

 

 

今制作している着物も「メメントモリ」というテーマで制作していますが、これまでとは違う部分をピックアップして絵を描いています。

 

 

制作中の下絵

 

 

 

 

 


長くなってしまたので新作着物のことは次回に続きます。

 

 

新作着物は鋭意制作中です。

 

 

ぜひ皆様のご支援をお願い致します!!

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