これまでは当事者の視点で、法案に対しての意見を書いていただきましたが。今度は研究者の立場から、法案への意見をいただきました。

 

 

 

富山大学経済学部准教授 高山龍太郎


今国会での成立が目指されている多様な教育機会確保法案は、保護者が作成する個別学習計画を市町村教育委員会が認定することによって学校(一条校)以外での義務教育を可能にするものです。こうした法律が作られようとしている理由の一つには、不登校の問題があります。日本の教育制度は、子どもたちに、9年間の普通教育(義務教育)を「無償」で受ける権利を認めています。不登校が問題なのは、こうした子どもの学習権を保障する「義務を社会が果たせていない」からです。そのため、不登校の子どもの教育費は、基本的に、保護者が負担せざるをえなくなっています。

これまでも、不登校の子どもの学習権を保障するために、さまざまな取り組みがおこなわれてきました。例えば、学校が子どもたちの心の居場所となるように学級づくりを工夫したり、不登校経験者が通いやすいように授業内容を柔軟にした不登校特例校を開設したりしています。しかし、不登校の数はいっこうに減らず、ここ15年間あまりは、12万人ほどで高止まりしています。

このように学校を子どもたちが通いやすい場所へ変えていく努力は、もちろん、継続してやっていく必要があります。しかし、不登校が減らない現状を考えると、そろそろ発想を変えてもよい時期のようにも思えます。多様な教育機会確保法案は、「不登校の子どもが学べるならば、学校以外の場であってもそれを義務教育として認め、経済的支援を含めて積極的に支援していこう」というものです。つまり、学校に通うことで学習権を保障しようという従来の発想を転換し、「学校に通わなくても子どもの学習権を保障できる制度を創り出す」ということです。いわば「押してもだめなら、引いてみよ」という発想です。

しかし、多様な教育機会確保法案が目指す「学校以外で学習権を保障する」ということは、とても挑戦的な試みです。学校以外でほんとうに子どもの学習権が保障できるのか、多くの人が不安や懸念を感じています。

例えば、学校には、専門家が作った教育課程や教科書があり、資格をもった教員がおり、基準にそって校舎などの施設が整えられています。こうした学校に匹敵する学習の質が、学校以外の場でもほんとうに実現できるか、やはり不安が残ります。義務教育を民間に開放すれば、やらずぼったくりの儲け主義が入り込み、悪貨が良貨を駆逐する事態が生じて、安かろう悪かろうという教育がのさばる結果になってしまうかもしれません。また、教育委員会が認定する個別学習計画が子どもや保護者を追い詰めるのではないかというのも、多くの人が懸念するところです。しかし、教育委員会に限らない第三者の関与や支援なしに、子どもの義務教育を家庭に完全に任せてしまうこともまた問題です。なかには学校を超える教育ができる家庭もあるでしょうが、そうでない家庭があるのも事実です。子どもは親を選べません。生まれた家庭によって義務教育に大きな違いが出ることは簡単には容認できません。そして、学校以外の義務教育へ十分な税金が投入されず、授業料を家庭が負担することになれば、社会の格差は間違いなく広がるでしょう。このように、多様な教育機会確保法案には、不安や懸念が尽きません。

現在、とても重大な決断を迫られているのだと思います。すなわち、さまざまな不安や懸念があるなかで、多様な教育機会確保法が開く「学校以外で子どもの学習権を保障する」という新しい可能性をあきらめるか、それとも、その可能性に賭けてみるのか、という決断です。いろいろな試みがなされながら、いまだに12万人の不登校の子どもたちが学習権を十分に保障されていない以上、私は新しい可能性に賭けてみたいと考えます。ただし、その際に、譲れない一線が私にはあります。それは、日本国憲法第26条が「義務教育は、これを無償とする」とうたっているように、学校以外での義務教育も「無償」にすることです。もし無償化が実現できなければ、多様な教育機会確保法は「義務教育切り捨て法」と非難されてもしかたがありません。

多様な教育機会確保法が成立したからといって、すぐにバラ色の未来が広がるとは思えません。むしろ逆で、イバラの道が続くでしょう。すでに予想されている不安や懸念を払拭する具体策を考え出さねばならないほか、思いもしなかった難題が生じることも考えられます。しかし、事なかれ主義で現状に甘んじるのでは、不登校の子どもたちに申し訳ない気がします。子どもの学習権保障は「社会の義務」です。子どもの教育にはお金が必要です。義務教育であれば、それは税金によってまかなわれるべきです。学習権の保障に向けてさまざまな可能性に挑戦し、それにともなう課題を粘り強く解決していく、そうした覚悟が問われているように思います。

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