プロジェクト概要

福井県敦賀市――。

 

港のまち。鉄道のまち。いろいろなことを思い浮かべると思いますが、

西欧諸国と歴史的な繋がりを持つまちでもあります。

 

敦賀は、1920年代にポーランド孤児が、1940年代にユダヤ人難民が上陸した地です。

彼らに対する当時の敦賀市民の思いやりあふれる対応が、現在まで続く国家間の友好関係を築きました。

しかし、この人道の歴史は、敦賀市民にすらあまり知られていません。

 

2019年には、日本・ポーランド国交樹立100周年を迎えます。このメモリアルイヤーを前に、敦賀市民が関連国(ポーランド、リトアニア、オランダ、イスラエル)の文化に親しみ、人道の歴史と各国との絆を次世代につなぐ、敦賀国際文化交流フェスティバル2018を開催します!

 

 賀国際文化交流フェスティバル2018

-敦賀「人道」の歴史と文化交流の継承-

 

はじめまして。福井県敦賀市でまちづくり活動に取り組んでいるNPO法人THAP(タップ)理事長の池田裕太郎です。「鉄道と港のまち」敦賀市は、美しい港、歴史が刻まれた線路跡、豊かな自然、カニやサバなどの日本海の幸が自慢の、風光明媚なまちです。

 

敦賀港の様子(福井県敦賀市金ヶ崎町)

 

 

敦賀市金ケ崎を含む敦賀港一帯は、明治時代、ヨーロッパへつながる世界への玄関口として栄えました。そして、この敦賀港は、1920年代にはポーランド孤児が、1940年代には杉原千畝が発給した「命のビザ」をもったユダヤ人難民が上陸した、日本で唯一の「人道の港」でもあるのです。

 

ポーランド孤児・ユダヤ人難民に対する当時の敦賀市民の思いやりに満ちた人道的対応は、数多くの証言や記録に残されており、現在まで続く国家間の友好関係を築きました。しかし、この人道の歴史は、実は敦賀市民にはあまり知られていません。この敦賀を語る上で外すことのできない重要な歴史が、国内外はおろか、市民にもあまり知られていないことに、私は危機感を感じています。

 

この敦賀がもつ素晴らしい歴史的役割を市民が再認識するとともに、敦賀市と各国との友好の絆を次世代に継承していくために、敦賀市と歴史的関係の深い国々の文化に親しむことができる、国際文化交流フェスティバルを開催することを決意しました。

 

本企画の開催に際し、イベントを成功裏に終えるためには多額の費用が必要になります。この度、実施費用を募るべく、クラウドファンディングに挑戦することにいたしました。皆様、どうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。

 

大好きな敦賀のまちを盛り上げるべく、仲間とともに日々頑張っています。

 


イベント名:敦賀国際文化交流フェスティバル2018

 

■日時:2018年11月3日(土)~11月4日(日)(予定)

 

■場所:福井県敦賀市金ヶ崎町周辺(敦賀駅から車で10分)

 

■会場:金ヶ崎緑地、敦賀赤レンガ倉庫、きらめきみなと館等

 

■後援:敦賀市

 

■販売チケット:食べ物&飲み物パスポート(シングルチケット、ペアチケット、ファミリー&グループチケット、VIPペアチケット)

 

■チケット申し込み方法<詳細はこちらをクリック>

このクラウドファンディングは、チケットを早期割引価格でお買い求めいただけます。ご参加希望の方は、チケットつきのリターンをご購入ください。


 

 

 賀から始まった日本と西欧諸国との友好関係

―ポーランドやリトアニアとの歴史

 

福井県敦賀市は、明治から昭和初期にかけて、ロシアを経由して大陸ヨーロッパへと繋がる国際港として繁栄したまちです。当時、日本からヨーロッパに渡るためには、ロシアのウラジオストクからシベリア鉄道に乗ってロシアを横断するのが最も速いルートでした。1902年にウラジオストクと敦賀の間で直通定期船が就航、さらに東京-敦賀間を走る「欧亜国際連絡列車」の運行が開始されると、敦賀は日本とヨーロッパをつなぐ国際港として発展していきました。

 

日満連絡船出港時の様子

 

ユダヤ人難民たちが上陸した頃の敦賀港


 

ところで、現在、ポーランドやリトアニア、イスラエルといった国々は、大変な親日国として知られています。それはどうしてかご存知でしょうか?

 

実はそのルーツが、この町・敦賀にあるのです。

 

敦賀が日本とヨーロッパの玄関口になっていた1920年7月23日、敦賀港に一隻の船が入港してきます。乗船していたのは、粗末な服を着て、かわいそうなほどにやせ細ったポーランドの孤児たち。シベリアの動乱の中で家族を失った彼らは、日本赤十字社等の協力のもと救助され、日本にやってきたのでした。


そんな彼らにあたたかい手を差し伸べたのが、当時の敦賀市民でした。宿泊場所や休憩場所の提供はもちろん、お菓子やおもちゃを差し入れるなど、多くの人たちが彼らのためにできる手を尽くしました。


このポーランド孤児たちの上陸は、計8回にも上りました。敦賀での病気治療や休養を経て、彼らは祖国ポーランドに帰っていきましたが、孤児の皆さんはポーランド帰国後に「極東青年会」という団体を組織して、ポーランドにおいて日本の素晴らしさを紹介してくださいました。さらに、阪神大震災や東日本大震災が起こったときには、被災児童をポーランドに招いてくださるなど、二国間の「友好と善意の歴史」は現在も紡がれ続けています。敦賀は、その歴史の始まりの地でもあるのです。

 

敦賀の松原での孤児たち

 

 

さらに1940年から1941年には、多くのユダヤ人難民が敦賀に上陸します。彼らはナチスドイツの迫害から逃れるため、何とかヨーロッパ脱出のためのビザを手に入れ、当時唯一残されたルートであった日本経由で、北中南米やオーストラリアへ逃げようとしていました。このとき彼らが握りしめていたのが、リトアニア日本領事館・杉原千畝氏が、彼らを助けるために外務省に背いて独断で大量に発給した日本通過ビザ(通称「命のビザ」)や、オランダ領事が発給したキュラソー島行きの入国ビザでした。


過酷を極めたシベリア鉄道での長旅を経て、やっとの思いで日本にたどり着いたユダヤ難民たちを、当時の敦賀の人々はあたたかく迎え入れました。当時の銭湯「朝日湯」は、何日もかけて日本にやってきた彼らのために、銭湯を無料で開放しました。ある少年は、リンゴなどの果物を彼らに差し出しました。ある時計店は、無一文だった彼らが売りに来た時計を現金で買い取りました。このような敦賀の人々の親切に、当時敦賀に上陸したユダヤ人難民は、「ツルガの町が天国に見えた」「私たちは、何百年経とうと決して敦賀を忘れない」といった言葉を残しています。

 

このような当時の敦賀の人々の人道的な行動が、現在まで続く各国との国家的友好関係の礎を築きました。しかしながら、このことは市外や県外の方にはほとんど知られていません。そして、当時から100年の時が経過し、上陸当時のことを知る人が少なくなった今、残念なことに、地元・敦賀でも当時の記憶は徐々に薄れてきています。このような敦賀の歴史を習ってこなかった世代が、実は市民の大半を占めています。


私は、この心あたたまる交流の歴史や各国との絆を、ここで途絶えさせることなく、次の世代にしっかりとつないでいきたいのです。
 

 

 好を深めて一世紀。敦賀で文化交流を深めたい!

―ポーランド・リトアニア・オランダ・イスラエルの方々をお招きします!

 

そこで決意したのが、敦賀市と歴史的に縁の深い国の方々と敦賀市民とが交流を深められる国際文化交流イベント「敦賀国際文化交流フェスティバル(Tsuruga International Culture Festival)」の開催です。敦賀と歴史的に関係の深いポーランド・リトアニア・オランダ・イスラエルといった国々との交流は、行政レベルでは行われていますが、一般市民がこれらの国々の人や文化に触れたり、身近に感じることができる機会はほとんどありません。


そこで、皆様からのご支援を得て、ワークショップ講師を敦賀に招き、ポーランド・リトアニア・オランダ・イスラエルの文化に親しむことができるワークショップ(語学・音楽・ダンス・料理・工芸品制作等)を開催したいと考えています。敦賀の皆さんが、文化交流を通して1920~1940年当時の心と心の交流を思い出し、それぞれの国を身近に感じ、友好関係を将来にわたって深めていくきっかけを作りたいのです。今回の目標金額は、講師20名分の敦賀までの交通宿泊費およびワークショップ謝礼として、200万円です。

 

ただ、できることならもう一つ実現したいことがあります。それは、ワークショップ講師だけでなく4か国出身の留学生にも敦賀に来てもらい、市民と一緒にワークショップに参加してもらうことです。


ワークショップは、もちろん講師だけでも成立します。でも、留学生たちにもワークショップに加わってもらい、より密度高く相互交流を深めてもらうことで、一人でも多くの人に互いに「友達」と思える存在を作ってもらいたいと思うのです。日本に学びに来ている彼らにとっても、日本人の市民、しかも彼らにとってルーツのある地の市民との交流は、有意義な機会になると確信しています。そして、フェスティバルでの交流をきっかけに、今後将来にわたって彼らの出身国と日本との架け橋のような存在になってくれるなら、敦賀にとっても日本にとっても、これ以上嬉しいことはありません。


これを実現するためには、留学生30名分の敦賀までの交通宿泊費として、さらに150万円、合計350万円が必要です。
 

 

 ーロッパ諸国の文化を楽しめるまち・敦賀を目指して

―国際文化が地域に根付き、国内外の方に文化交流を楽しんでもらえるまちへ

 

この国際文化交流フェスティバルは、最終的に、4か国の文化が地域に根づき、敦賀を本格的な文化交流都市にすることを目指しています。


このフェスティバルでポーランド語に触れたことがきっかけで、ポーランド語を学ぶ部活動やサークル活動が地域で立ち上がるかもしれません。リトアニアの工芸品を売るお店ができるかもしれませんし、イスラエル料理を楽しめるお店ができるかもしれません。フェスティバル当日だけの一過性のものではなく、これらの国々の文化が地域に根づいて日常的に楽しまれるようになり、市民の皆さんの生活がますます豊かになればと願っています。

 

敦賀市はこれから、日本・ポーランド国交樹立100周年(2019年)、敦賀港開港120周年(2019年)、ポーランド孤児上陸100周年(2020年)、ユダヤ人難民上陸80周年(2020年-2021年)など、数々の記念イヤーを迎えます。さらに、2023年には北陸新幹線敦賀駅が開業します。

 

これから毎年このフェスティバルの開催を続け、2023年に北陸新幹線が開業する頃には、敦賀市を「ポーランド、リトアニア、オランダ、イスラエルの文化を楽しめるまち」として知られ、国内外から多くの方々に文化交流を楽しみに来ていただける、日本を代表する国際都市にしたいと思っています。ぜひ、皆様のご支援をお願いいたします。
 

 

■敦賀国際文化交流フェスティバル2018について

 

敦賀国際文化交流フェスティバル2018では、

 

①文化交流ワークショップ

-ポーランド・リトアニア・オランダ・イスラエルの文化(語学・料理・音楽・ダンス・伝統工芸・アート・民族衣装等)を体験できるワークショップ

 

②マーケット

-ポーランド・リトアニア・オランダ・イスラエルおよび敦賀の名物料理とお酒を楽しめるフードイベントや、名産品・特産品(食品・お酒・アクセサリー・雑貨・工芸品等)を販売するショップ出店

 

③ステージ公演

-地元・敦賀の中高生やアーティスト(プロ・アマ)、ゲストアーティストによるステージ公演

 

等を楽しめるようなイベントとする予定です。

各企画の詳細については、後日追ってご案内させていただきます。

 

 

■敦賀国際文化交流フェスティバル2018運営メンバー

 

◎実行委員長

 

池田 裕太郎

NPO法人THAP(タップ)理事長/「敦賀・鉄道と港」まちづくり実行委員会会長/敦賀観光協会理事/青少年健全育成敦賀市民会議育成部部長 ほか

 

代表を務めるTHAP(Tsuruga Heartful Amenity Port&People)では、敦賀市で「快適な街と、心ふれあう人の交流を創造する」ことを目指し、様々な地域活動を行っています。地域の企業・団体と連携しながら、地域イベント(5万人以上が来場する北陸最大級のイルミネーション「ミライエ」や「つるが鉄道フェスティバル」など)を実行委員会として企画・運営しているほか、定期的に緑地や海岸の清掃活動にも取り組んできました。

 

本プロジェクトは、来年、日本・ポーランド国交樹立100周年、敦賀港開港120周年を迎える敦賀市にとって、とても歴史的意義の大きいプロジェクトです。メンバー一同、フェスティバルの成功に向けて頑張りますので、皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

 

フェスティバルのチケットは、Readyforのリターンにて早期割引価格にてお買い求めいただけます。クラウドファンディング終了後のチケット販売については、別サイトもしくは当日券の販売となります。

 

※雨天・荒天で本イベントが中止になった場合においても、チケットの払い戻し、返金は出来かねますことを予めご了承ください。

 

■本プロジェクトのリターンについて

 

①当日来場をご希望の方、②当日来場を希望されない方、③法人の方、それぞれの方に向けたリターンをご用意しております。

 

 

※イタリアンレストラン「ソニョーポリ」ペアディナー詳細
■予約可能期間:2018年9月1日~2019年3月31日

■メニュー内容:シェフのおまかせコース(5,000円/名相当)
■予約方法  :事前予約制です。レストランまで直接ご予約ください   (Tel:0770-47-6707)

 

※「敦賀赤レンガ倉庫」ジオラマ館 夜のバックヤードツアー詳細
■5組様限定のリターンです(1組あたりの人数は最大4名様まで)

■ツアーは、11月3日(土)夜に3回(18:30~/19:00~/19:30~)実施いたします。ご希望の時間を事前にご予約いただきます。詳細は後日事務局よりご案内いたします。

 

◎イスラエルワインのご紹介(ゴラン・ハイツ・ワイナリー)

~200万年前の火山性土壌で育まれた有機栽培ブドウを原料に、徹底した管理のもと作られた高品質ワイン~

 

イスラエル、ゴラン高原にある小さな街カツリンに 1983年誕生したゴラン・ハイツ・ワイナリー。ゴラン高原は主に100-200万年前の火山性土壌となっており、水はけにとても優れています。気候は比較的涼しく、年間降水量のほとんどが冬の間にあるため、乾燥する夏には灌漑により水が供給されます。これらさまざまな自然条件や計画的な造園により、この地がワイン醸造用ブドウの育成に最適な土地となりました。ブドウはガリラヤ湖に近いところからヘルモン山の麓まで広がる農場で栽培されています。畑は標高 400~1200メートルで、緯度は 33 度です。ブドウ畑は年間を通して畑内に張り巡らされた情報収集基地で気象の変化やブドウの出来具合のデーターを集め、醸造所内でも最先端の圧搾、圧縮、ポンプなどの施設やコンピューター制御で温度管理されたステンレスタンクなどを導入して、すべてにおいて徹底的な管理システムが構築されています。熟成は最高級フランス産のオーク樽のみが使われ、コルク、ラベル、瓶なども品質にこだわった高級品を使用しています。

 

【受賞歴】
2008年:ワイン・スペクテーター年間トップ100選出(イスラエルのワイナリーでは初選出) 
2011年3月:イタリアの国際品評会ヴィニタリーにて最高生産者賞の『グランド・ヴィニタリー』受賞 (フランス、イタリア、スペインを含む30ヵ国1000 軒のワイナリー) 
2011年6月: ボルドーのシタデル・デュ・ヴァンにて『優秀特別賞』受賞 (1000 ワインからブラインドテイスティングで選出)
2012年:ワイン・エンスージ・アスト誌『2012 ニュー・ワールド・オブ・ザ・イヤー』受賞 
2015年:イスラエルの国際ワイン品評会テロヴィーノにて『ワイナリー特別賞』受賞


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