プロジェクト概要

私の大好きな足利の魅力を世界に発信するため、
ハワイとの友好親善曲を制作します!

 

はじめまして、足利のご当地アイドル「渡良瀬橋43(わたらせばし ふぉーてぃーすりー)」の大塚みかです。ページをご覧いただき、ありがとうございます。私は2013年、16歳の時に「大好きな地元、足利のために、自分ができることから恩返しをしたい」という思いから、「渡良瀬橋43」のメンバーになりました。

 

これまで約5年の間に、地元のお祭やイベント、都内をはじめとしたたくさんのステージに立たせててもらい、足利のPRをしてきました。その中で転機となったのが、2017年3月に行われた「ホノルルフェスティバル」への参加です。

 

私たち渡良瀬橋43は銘仙(めいせん)という足利が主要生産地の1つだった着物やリメイクした衣装を着て活動してきたのですが、実はこの銘仙、着物がアロハシャツの起源と関係があるということだったのです。このことからハワイのみなさんに興味を持っていただき、交流がスタート。来年は日本からハワイへの移民が始まって150周年というメモリアルイヤーであることも手伝って、「足利銘仙アロハプロジェクト」が生まれました。

 

このプロジェクトでは友好親善を目的に、ハワイの女性アーティストとコラボした曲を制作して歌い、CDやプロモーションビデオを通して世界中の人たちに発信していきます。

 

ハワイと日本、足利の友好親善のために、そして大好きな足利の良さを一人でも多くの方に知っていただくために、応援をよろしくお願いいたします。

 

足利銘仙アロハプロジェクトのメンバーです。
皆さま応援よろしくお願いいたします!

 

足利のまちを盛り上げたい。
でも、若いアイドルグループの力だけでは限界がありました。

 

私と足利の銘仙との出会いは「渡良瀬橋43」での活動がきっかけでした。足利のご当地アイドルとして、地元の大切な歴史と文化の象徴である銘仙を私たち若い世代がステージで衣装として着ることによって、地元のPRと銘仙に再び生命を吹き込むことをコンセプトにしていたのです。

 

銘仙の鮮やかな色や柄を見た時の感動は、今でも忘れられません。大好きな自分のまち、足利がこんな素晴らしい織物をつくっていて、それを自分たちが着ることによって復活のお手伝いができると思ったら、とても嬉しくなりました。

 

銘仙は平織りの絹織物で、大正から昭和にかけて普段着、おしゃれ着として日本全国で大流行したそうです。特に足利でつくられて足利銘仙は、斬新なデザインとお手頃な価格がたくさんの女性からの支持を得て、昭和10年頃には織物生産高で一位となり、全国に名を轟かせていました。しかし、大きな戦争もあり足利銘仙は衰退し、私が生まれた頃には、すでに生産すらされなくなっていたのです。

 

現在の足利は、まちの人口がどんどん減り、産業も衰退しはじめ、活気を失いつつあります。私が生まれた1997年に約16万5千人を超えていた人口は今年の4月には14万7千人台になりました。どんなに歴史も文化もあり「美人の国」とも言われる足利が大好きでも、自分たちの夢や展望が描けない状況では、まちを離れざるを得ません。私の同級生の多くも、進学や就職でまちを離れてしまいました。

 

こんな時だからこそ、また、この状況を変えるためにも、足利のまちの魅力と素晴らしさを自分たちの手で発信していきたい、自分たちができることを全力でやりたい―そんな思いから、渡良瀬橋43としての活動を一生懸命がんばってきました。

 

花火大会の公式イメージソングを歌ったり、市や県の大使にしていただいたり、オリコンチャートでデイリー2位を獲得したり、TVに出たり。私たちなりに精一杯やってきましたが、やはり自分たちの力ではあまり大きなことはできないなと悩むことも多かったのも事実です。

 

渡良瀬橋43の年少メンバーたちとの合同ステージの1シーン。
みんなで大好きな地元、足利のために!

 

足利では生産されなくなってしまった銘仙が、
アロハシャツにカタチを変えて、今もハワイで生き続けています。

 

転機となったのは、足利観光協会さんの支援をいただき参加させていただいた、「ホノルルフェスティバル」です。幸いにもステージは大成功、ハワイの方々にも温かく迎え入れられ、応援してもらうこともできました。

 

そしてここで、運命ともいえるセレンディピティ(素敵な偶然)があったのです。日本に帰国してからもハワイの方々と交流を続ける中で、アロハシャツの起源が着物であり、当時一世を風靡した銘仙と関連がある、ということを知ったのです。日本人が移民としてハワイに住むようになった時に着るものに困り、持っていた着物をシャツに仕立て直したことが、後のアロハシャツになったのだそうです。

 

ハワイでは冠婚葬祭でも正装として認められているアロハシャツという文化と銘仙が遠い時間と距離を超えて繋がっているということ、そして、形を変えてハワイで生き続けているという事実に、私はこれ以上ないくらい喜び、感激しました。

 

さらに来年(2018年)は、日本からの移民がハワイを訪れてから150周年というメモリアルイヤーに当たります。そこでハワイで出会った方々と私たちとの間で、銘仙の柄を活かしたアロハシャツのリメイクや、銘仙の歴史を表現するような楽曲をつくったらどうかなど、いろんな企画が生まれました。

 

ハワイとのつながりから、ハワイアン衣装でもステージを行っています!

 

足利とハワイを結ぶプロジェクトで楽曲をつくって、世界中に配信したい!
そのためには、みなさんのお力が必要です。

 

今回のプロジェクトでは、日系移民の若い夫婦の愛をイメージし、銘仙とハワイの繋がりをテーマにした楽曲を、ハワイの有望な新人女性アーティスト「CHINA」さんに作曲を依頼し、日本で詞を作成、編曲とレコーディングをして創り上げていきます。また、プロモーションビデオの制作も行い、YouTubeなどでアップし、全世界に向けて発信していきます。

 

これを実現するにはたくさんの費用がかかります。オリコンチャートでデイリー2位を獲得したり、地上波のテレビなどに取り上げられたりしたことで、地元では「すごいね」「儲かってるんだね」などと言われることもあります。ですが、行政から予算が出ているわけでもなく、ファンのみなさんと事務所以外に大きなスポンサー企業があるわけではありません。

 

10名のメンバーの交通費、CDや楽曲の制作費、衣装代やダンスや歌のレッスン代、スタジオ代など膨大な運営費用は、メンバー全員でわずかな出演費やファンのみなさんに支えられての物販での売り上げ、足りない分は事務所からの支援でまかなっています。

 

都内の大きなイベントという飛躍のためのチャンスも、出演することで赤字になる、ということが決して少なくはありません。それでもステージに立ち続けるために、地元のPRを自分たちの手で行うために、みんなで必死にがんばってきました。

 

今回の企画を実現できれば、地元のためにも、「渡良瀬橋43」のためにも未来を切り拓く一歩となります。しかし、そのためにかかる費用は少なくなく、みなさんからのご支援がなくては、実現させることは不可能です。

 

色鮮やかな足利銘仙。着る人、見る人を楽しませてくれます。

 

大好きなまち、足利を盛り上げ、
自分のできることからみんなに恩返しがしたい。

 

今回のプロジェクトを通して、足利の素晴らしさや、これまで「渡良瀬橋43」で行ってきた地道な活動を、世界に向けて発信することができます。きっかけは偶然でしたが、私が16歳から20歳になるまで数百回のステージで着てきた銘仙とアロハシャツの繋がりをカタチにすることによって、今までよりたくさんの人たちに、地元のこと、銘仙の文化、歴史を発信することができます。

 

楽曲とプロジェクトを最大限に生かし、大好きな地元、足利を歌ってくださった森高千里さんの「渡良瀬橋」のように、多くの人たちの心に届き、長く愛され続ける曲を歌えるように私も全力でがんばります。

 

そして、プロジェクトを実現させることで、地元の方々、ハワイで温かく迎えてくださった人々、そして今回ご支援くださるみなさまに、恩返しをしたいと思っています。どうかみなさんの力をお貸しください。どうぞよろしくお願いいたします。

 

皆さま応援よろしくお願いいたします!

 

 

最新の新着情報

このプロジェクトを支援する
(※ログインが必要です)