皆さん、ナマステ(こんにちは)。

 

「ライのネパール帰国報告」第4段は、コタン校のあるドルシム村のライの生家の様子をお伝えいたします。

 

 

今回の帰国でライにとっては久しぶりに実家に戻る機会となりました。

ライと3人の妹は皆すでに実家を出ており、今はお母さんと4人の同居人が暮らしています。

 

(ライの実家)

 

(実家から望むガンジス川の源流)

 

その同居人とは、YouMe Schoolの女性の先生、日本人インターン先生の秋田君、そして冒頭の写真の兄弟、アインドラとバインドラ(ニックネーム:ヤマダ君とタナカ君)です。ニックネームはライが適当につけてしまい定着しました。

 

この兄弟は4年前ほどからライの実家に住むようになりました。ふたりはライの親戚等では無く、この同居は彼らの両親からお願いされる形で始まりました。ふたりの両親は耳が聞こえず、しゃべることもできません。”子ども達を孤立させずに学校に通わせたい、多くの人との関わりをもって暮らさせたい”とのお願いを受け、ふたりはライの実家からYouMe Schoolに通うことになりました。

 

 

 

 

ネパールの田舎の家庭の多くが農業で生活を営んでいるように、ライの実家もまた多くの農作物や動物と一緒に暮らしています。

ライの家では、家畜として水牛、ヤギ、牛、豚、鶏そして2匹の犬と猫が暮らしています。

 

 

ライの実家は水道は一日数時間だけ使えるようになりましたが、まだ電気とガスはありません。

兄弟は朝早く起き、薪づくり農作物や家畜の管理(餌となる草の入手)、家の補修など、ネパールの日々の暮らしの手伝いをしています。

 

(水は貴重なので洗濯は一週間に一度程度)

 

実の所、兄のヤマダ君はあまり学校に行っていません。入学時期には彼が大きくなりすぎていたことでうまく教室に馴染めず勉強が好きではないようです。

ですが兄は昔から、どんなことをしてでも村でたくましく生き延び、そして弟を見守ってきたのです。

自分は家を守る方を優先してあまり学校にいっていないのに、弟には口うるさく学校に行けと叱っています。

 

弟のタナカ君は朝のお手伝いの後、毎日登校しています。

 

 

今回ライが帰宅した当日は「ライのネパール帰国報告vol3」で紹介したとおり、ライの職場の同僚達が村まで来ていたので村の皆にも少し声をかけてライの家の庭で日本とネパールの交流会を催しました。

 

 

日本からは日本酒を持ち寄り、ライのお母さんからは地酒を振る舞われました。

村の年長者、若者達、下校中のYouMe Schoolの生徒達、近所の犬、とにかく村の皆がライの家に集まりました。

その日はそれまで飼育していた豚が振る舞われました。

 

(若者たちによるライ族伝統の踊り。盆踊りに似ていてエンドレスです。)

 

 

プロジェクトの打ち合わせも兼ねて隣町からバイクで3時間かけてメジャー・ライ市長も駆けつけていました。

(参考:リムチュンブン市への訪問

 

夜まで続いた交流会の後、ライの会社の同僚を”車が来れる道”まで一時間ほど夜の山道を弟のヤマダ君がガイドしてくれ、流暢な英語でこう話してくれたそうです。

 

「僕の夢は、自分がどうなりたいかどうかは未だわからないけど、一回でいいから日本に行ってみたいな。」

「日本は田舎でも道路がしっかりしてて、ゴミもないんでしょ?日本の人は皆自分でゴミを持ち帰るしね。みんなでルールを決めて、みんなでちゃんとそれをやるところがすごいところだと思う。自分の目で日本のキレイな街を見てみたい。」

 

 

教育によって、いつか必ず彼の夢を彼自身で実現できる日がくると信じています。

この素敵な二人の兄弟、そして多くの子供達の未来が開けるように引き続きがんばります。

 

引き続き、応援よろしくお願いいたします。

 

Photo:Kohei Akita

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