中に入るとすぐにロビーになっており、大階段が正面にあった。だがそれ以上はよく見渡せない。照明が蝋燭以外ついておらず、必要最低限の灯りしかないからだ。

「趣向でしょうか。変わっていますね」

 ガーソンはそう言ったが、隣のジェームスは異様だと感じていた。

 そもそもアルセイドが調査を依頼したからには、この屋敷に何かがあるのは間違いがない。そしてそれはホイックリ―家の名誉にかかわることだとも言っていた。そこまで重大な事態なら殺しのプロよりも探偵を雇うのが筋ではないだろうか。

 ジェームスはアルセイドが一筋縄ではいかない人物であることを良く知っていた。今隣にいる見届け役は最後に彼に何を報告をするのか。ジェームスはその見当も当たり前のようにつけていた。

「思っていたよりも厄介ですね」

 ジェームスは冷笑して独り言のようにつぶやいた。

「何がですか」

「いえ、さっきの青年がいまだに出てこないのが気になりませんか」

「ええ、もしかして本当に無視をされてしまっているんじゃないでしょうか」

 そうやり取りをしている間に暗い廊下からリチャードが現れた。勝手に屋敷内に入っている二人に怒りをあらわにして近づくと、ジェームスの手を取り強引に地図を手渡した。

「外は暗いですからお気をつけて」

 言いながら追い出そうとするリチャードの胸元に、ジェームスは紙幣を差し出した。

「ありがとう。これは礼金です」

 リチャードはそれを受け取ると言葉をなくしてジェームスを見た。それにすかさずジェームスは札束を出してリチャードに差し出した。

「無理を承知でお願いしたい。一晩ここに泊めていただき、できれば食事ももらいたい。承諾をしていただければお礼としてこちらを差し上げましょう」

「本当にこんな大金をですか」

「もちろんです」

 ジェームスの気品のある言動から、彼が貴族であることにリチャードは疑いを持たなかった。それならばこれだけの大金を受け取っても問題はないであろう。

 リチャードは葛藤しながらも誘惑に負けてその金を受け取っていた。

「召使の使っていた部屋でよろしければお泊めします。食事もそちらへ運びましょう」

「それで結構です。無理を言って申し訳がない。私はジェームス・ハンス。これは弟のガーソンです」

「リチャードさんたち以外にこの屋敷には誰もいないのですか」

 ガーソンは挨拶もせずに好奇心にまかせてたずねた。その問いにリチャードは一瞬表情を曇らせた。

「ええ。旦那様と奥様が亡くなられてからは召使が辞め、私一人残ることに。お嬢様と二人で暮らしています」

 リチャードは顔色を悪くして答えた。だが表情をゆがめたいと思っていたのはジェームスの方だった。

 アルセイドは家族を殺す必要はないと言っていたが、死んでいるとは言っていなかった。知らなかったのか。それとも予想はしていたが確信がなかったのか。

 リチャードを残して召使がいなくなってしまったのも不自然な気がした。

 この屋敷で起こっている異様な事態を、ジェームスは懸念せざるをえなかった。

「お恥ずかしい話です」リチャードは言葉を続けた。

「上流階級の家柄がこのように脱落をしてしまった有様を人様に見られないよう、人目を避けて暮らしてきたのです。ですが金に不自由していたために、あなた方を泊めることを簡単に許してしまうなんて。ホイックリ―家の恥を晒しかねないというのに」

 その言葉にジェームスはある懐かしい気持ちが蘇った。一族を脱落させてはいけないと、懸命に生きていた頃を思い出したからだ。殺し屋に身を転じ名前を変えた今でも、その時の感情は鮮明に思い出すことができた。

「恩のある方の恥など晒しませんよ。私達は感謝しているんです。あなたの決心のおかげで慣れない野宿をせずに済んだのですから」

 ジェームスが微笑んでもう一度礼を言うと、リチャードは初めて優しそうな瞳を彼に向けた。まだ少年のような初々しさが多少のぞく。彼はまだ18歳だった。

「リチャードさんはプリムローズ様とは結婚はしないんですか」

 ガーソンは陽気に笑って茶化した。

「あんなに美しい方と二人きりで暮らしているのに」

「ガーソン、失礼はやめなさい」

 ジェームスが制してもガーソンは悪気もなくにこにことしている。愛らしい巻き毛とそばかすがリチャードよりも幼く見せた。その笑顔にリチャードも笑みがこぼれた。

「私などとても似つかわしくはありません。身分が違いすぎます」

 そこまで言うとリチャードは寂しげに表情を落とした。

「早くお嬢様に素敵なお相手ができ、屋敷にまた新しい光が溢れたらいいと・・それが私の一番の願いです」

 穏やかに微笑んで言う彼からは、本当にプリムローズのことを大事に想う気持ちが伝わってきた。

 ガーソンはこれからの二人の悲劇を思うと胸を痛めずにはいられなかった。

 この殺し屋は今、何を思っているのだろうか。

 紳士的な笑みを絶やさないジェームスを、ガーソンは横目で見ながら内心恐れていた。

 

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