部屋に案内されてリチャードが出ていくと、二人は近くにあったソファに腰をうずめた。山を登ってきた疲労で足はだいぶ重くなっていた。

 絨毯やカーテンは質素だが落ち着いたブルーで統一されていた。中央には木製のテーブルが置かれており、食事をするには不自由がない。ベッドも二つあり、決して広くはないが二人が寝泊まりをするには十分だった。

「簡単な仕事で良かったですね。あの二人を殺すだけならちっとも厄介ではないんじゃないですか」

 ガーソンは探りを入れようと、物騒なことを言って微笑んで見せた。だが相手は含み笑いをして返事を返そうとはしない。

「本当はあの二人を殺すことをためらっているんじゃないですか」

「そう見えますか」

「ええ」

 ガーソンは「そうだ」と答えてほしかった。その様子を見透かしてジェームスは一笑した。

「私情にとらわれることはない。プロと名乗る以上、仕事は遂行して当然だからね」

「そうですよね。あの神経質なアルセイド様が雇うくらいの方ですものね」

 ガーソンが落胆するのがジェームスにも伝わった。人殺しと共に行動をしている人間とは思えない人種だ。

「しかし私も人間だよ。躊躇する気持ちはどの仕事の前でもつきまとう。引き受けたら後戻りはしないがね」

 ジェームスはガーソンの素直な態度に気を許して思わず本音を語っていた。

「人を殺す時ってどんな気持ちなんですか」

 ガーソンの声は心なしにか震えていた。これから自分が殺す相手にこんな質問をしているのもなんだか滑稽だった。

「普通の感情ではないね。ゲームを楽しむように気持ちを昂らせる。最高潮にそれが達したとき・・」

 ノックが言葉を遮った。ジェームスははっと息をのんだ。

 その時初めてジェームスはガーソンのペースに呑まれていることに気がついた。いらぬ告白をしようとしていたことに心が大きくざわつく。

 いつ誰が聞いているかもわからないので、慎重な彼は気軽に仕事中に殺しの話などしたこともなかったのだ。

 このままではいけない。

 ジェームスは気を引き締め直すとノックに答えた。

 ドアが開くと台に食事を乗せてリチャードが入ってきた。

「ありあわせのもので申し訳ありません。お口に合えばいいのですが」

 固いパンにスープにサラダと決して贅沢なものではなかったが、美しい銀の食器に丁寧に盛り付けられていた。食前酒にシェリーが1本用意されており、リチャードの心配りがうかがえた。

「充分です。ありがとう」

 そうジェームスが微笑むと、リチャードはほっとしたような笑みを浮かべて退室した。

 ガーソンは時折見せるジェームスの優しさに違和感を覚えていた。先ほどの辛そうな顔を思い出しても、やはり彼がこの仕事を好きでやっているようには思えない。

 彼は「そうであって欲しい」希望に胸を躍らせた。

「なかなか美味しそうですね。嬉しいな。もう腹がへって仕方がなかったんですよ」

 明るく言うガーソンにジェームスも逸早く同意した。

「ああ、そうだね。早速いただこう」

 二人はグラスにシェリーを注いで乾杯をした。

 ジェームスは一口食べると眉間にしわを寄せた。口に合わないが食べるよりほかはない。愚痴をこぼさずに黙々と食べる姿に、ガーソンはおかしくなって笑った。

「ジェームスさんていい人ですね」

「まさか。そんな筈はない」

 ジェームスはガーソンのペースに巻き込まれまいと憮然として答えた。

「だって、これから自分が殺す相手に気を遣って無理やり食べているじゃないですか」

「ここに来た時から私の注文が通るとは思っていなかったからね」

 ガーソンの愛嬌の良さに、ジェームスは先ほどと変わって腹立たしさを覚えていた。自分の横に善人などいるわけがないのに、心をかき回されている。

「君は私を誤解しているようだ。人のぬくもりさえ拒絶して殺しの仕事ばかりしている人間に言う言葉ではない」

「今の仕事、本当は好きじゃないんじゃないですか」

 まっすぐに伸びてくるガーソンの視線に、ジェームスは一瞬戸惑った。なぜかこの男に嘘を言ってはいけない気がしたのだ。そう思わせるガーソンがより憎く感じる。

 十中八九、明日には自分の手で殺すことになるのに。

 パンをシェリーで押し流すと、殺気のこもった目でガーソンをにらんだ。

「君には関係のない話だ」

 ガーソンはその凄みに部屋を飛び出したくなった。だが説得したらもしかしたら誰も死なずに済むかもしれない。そう信じて勇気を振り絞って言葉を投げかける。

「今は僕の兄じゃないですか」

「あいにく私には肉親などいない。仮にいたとしても私はその人間を殺すことができる。君はそんな男と一緒にいるのだ。自覚したほうがいいと思うがね」

 一瞬静まり返った。やっとおとなしくなったとジェームスが思った矢先、信じられない言葉が彼の耳に届いた。

「アルセイド様に聞きました。お母様を殺したと」

 刹那ジェームスの顔色が変わった。その様子にガーソンはこのまま殺されてもおかしくはないと思った。

「この世界に入ったのもそのせいでしょう。とても苦しい思いをしてきたんじゃないですか。もう自分を許してあげたら楽になれるのに」

 震える声でガーソンは諭した。もう誰も殺さないでほしい。自分に彼を殺させないでほしい。その一心だった。

 ジェームスは激高して立ち上がった。触れられたくない過去を引き合いに出されて憤りが止まらない。その様子にただでは済まないと、ガーソンは身構えて死を覚悟した。

 だがジェームスは言葉を発することもできなかった。なぜかガーソンの瞳を見ると何も言葉が出てこなくなる。ガーソンの言葉があたたかく感情に流れてくる。

 得体の知れない不安に襲われて、ジェームスはガーソンに背を向けて部屋を出た。

 なぜこんなに動揺している。落ち着け。

 ドアを背に深呼吸した。

 ジェームスはガーソンの役割を当然のように見当がついていた。

 屋敷内の報告と殺しが終わった後、あの見届け役は自分を始末する計画に違いない。理由はホイックリー家の秘密を知ってしまうための口封じというところだろう。

 もし仮にその通りなら、ガーソンとアルセイドも殺すつもりだ。自分を殺そうとする人間などいないほうがいいに決まっている。

 ジェームスは用意周到に、裏切りがわかった時点で遠く離れたアルセイドを殺す手はずも整えていた。

 同時に、ガーソンはただの使い走りではないかとも考えていた。あのいかにも優しい青年が殺しをするとは思えない。そう思わせるための人選なのかもしれないが、何にせよガーソンと殺しの勝負で負ける気はしなかった。

 だがガーソンの不思議な魅力に、ジェームスは自分の考えが甘かったのではないかと危惧し始めた。心を許したら何かが崩壊するのではないかという恐怖がある。

 ジェームスはガーソンが自分にとって最も危険な人物であることを悟っていた。

 

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