神戸の「3.11オモイデツアー」スタッフである高森順子さんのFBより転載しました。

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東日本大震災から6年が経過しました。いま、宮城県の沿岸部では復興工事が進み、「ある程度の目途が立った」という報道も多く聞かれるようになりました。


私は震災復興の研究のため、この6年、仙台に通っています。人も食も酒も街も、本当に魅力的で、いつしか、研究のためだけではなく、ひとときの安らぎを得るために通うようになりました。

 

震災から約3年くらいは、仙台の街中を中心にフィールドワークをしていたため、沿岸部に立ち入ることはあまりありませんでした。特に、震災後、住居の建築が制限される災害危険区域に指定された地区は、震災から時間が経過してからもその爪痕は残されたままで、震災前を知らない私にとっては(今思えば大変失礼な感想なのですが)「何もない」、「寂しい」場所として感じていました。


その「何もない」、「寂しい」イメージが鮮やかに塗り替えられたのが、仙台で親しくさせていただいているNPO法人20世紀アーカイブ仙台の佐藤正実さんたちがはじめられた「3.11オモイデツアー」に参加させていただいたときです。オモイデツアーでは、災害危険区域に指定された蒲生、荒浜を訪れました。砂浜に残されたゴミをみなで集めたあと、家の基礎だけが残された場所で、私たちをもてなすために住民の方々が暖かい食事を用意してくれました。これは、浜の人たちが漁の後にみなの労をねぎらうために食事をふるまう「おふるまい」という文化からくるものでした。暖かな汁物と、お手製のピザに舌鼓を打ちました。住民のみなさん、ツアー参加者のみなさんと共に食事をし、まちを歩くと、ゆっくりと、確実に、かつてのまちの様子を想像することができました。


オモイデツアーは、もう今はそこにはないものを、ツアーに集う人々みんなで想像する実践だと思います。住民のみなさんとツアー参加者が「かつての街」を想像するという、少し非日常で不思議な共同作業は、そこに集う人々に心地よい連帯感も生み出しています。私自身、オモイデツアーに参加しつづけたいと思うのは、「沿岸を訪れる」というよりも、「『みんなで』沿岸を訪れる」ことに魅力を感じているからだと思います。


沿岸の復興工事は着実に進んでいます。沿岸の様子は毎日変化しつづけており、かつてのまちの思い出を想起させる断片を見つけるのも難しくなってきています。このオモイデツアーは、その断片の最後の一つがなくなるその日まで、続けてほしいと切に願っています。それが、新しいまちの歴史をスタートするための大切なプロセスだと思うからです。


オモイデツアーは、昨年度をもって仙台市の事業から外れ、活動を継続するには外部資金の獲得が必須の状況となりました。まずはこの1年継続できるよう、クラウドファンディングに挑戦しています。

 


「海水浴場行きバスを再び!「3.11オモイデツアー」の継続へ」
https://readyfor.jp/projects/311omoide
一口5,000円からご支援していだけます。残り5日間のチャレンジとなります。
あと一押し、ご協力いただけましたら幸いです。また、これまで被災地に行くことを遠慮していた方もぜひ「オモイデツアー」にご参加ください。これまで縁のなかった方々にこそ、この「オモイデツアー」は最初のきっかけ作りにぴったりだと思います。お待ちしています!

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