小説好きのあなたに未発表の作品を届けたい。
支援総額
目標金額 1,100,000円
- 支援者
- 0人
- 募集終了日
- 2021年5月10日
(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その44。「Pasde Basque」
何時の間にかテーブルと椅子が取り除かれていた。
女たちは民族衣装に着替えている。
お揃いの白のスカーフ。バスク模様が刺繍された白のブラウスにはフリルが。濃い赤茶のベストと、同じ色の長めのスカート。ストッキングは白。靴は布製の短い編み上げの黒。
彼女たちは壁を背にして出番を待つ。
レイレも妹も衣装が良く似合う。
清楚で初々しい。
私にもこの初々しさが在ったはずなのだ。
何処に逝ってしまったのだろう…。
合唱隊は男たちだった。
白のシャツとパンツ。腰には濃い赤茶色の布が巻かれている。これがバスク人の正装なんだ。全員厳粛な表情。建家の色彩と同じ。お祝いの時は白が基調。これは日本と同じ。
アジェールとお父さんも正装。二人はバチを持ちチャラパルタの前に立つ。お爺さんとお婆さんはわたしと並んで椅子に座る。
いよいよ大合奏が始まる。
始まりはアルボカが告げた。
羊を呼び寄せている鳴り音。バグパイプの音色に似ている。バグパイプは奏者の腰の辺りの袋に息を溜め、管の音を切らさない。アルボカには袋がないのに音が呼吸で途切れない。音が澱みなく、何時までも高音が鳴り続ける。程なくしてトリキティシャが四拍子のリズムをゆっくり刻んだ。それが一六小節続くとチャラパルタが、おもむろに入ってきた。
転がる連打ではない。強い一打一打を確かめるように。交互に打たれた音は二分音符から四分に。余韻がかもし出すハーモニー。打楽器の余韻に聴く者は少しずつ興奮させられる。八分から十六分音符。そして三十ニ分の二人の連打。音が転がっていた。聴いているとチャラパルタにはドレミファとは違う音階があった。打つ処による音の変化をアジェールもお父さんも熟知している。一枚の板におよそ七つの音階。約三五もの音階を二人は縦横無尽に叩く。中には製材されていない板もあった。
アジェールが高音。低音はお父さん。チャラパルタを挟み、互いに向き合って打つ。呼吸を合わせるのにはベストポジション。二人の合った呼吸にわたしは惹き込まれた。二人の三十二分の連打は塊になってわたしの身体を押した。強い念圧を身体が聴いていた。
アルボカは変わらずバスクの大気を切り裂いている。
気高く、朗々と。
すると合唱隊が大発声。迫力あり。
世界中の、どの民族音楽も伝承で受け継がれ譜面がない。曲想も音階も遺伝子に刷り込まれている。そして踊りと一体化する。
スペインに来て驚いたのが即興。
即興が彼等の歴史と伝統なんだ。
曲の聴かせ処はチャラパルタとトリキティシャの掛け合い。曲の締めにはアルボカが加わる。チャラパルタは踊るように波打つ。連打の抑揚は情熱の通奏低音。『遊牧のチャラパルタ』はソロだった。合奏では役どころの幅が広い。
チャラパルタはドラムとベースを兼ねている。
お父さんがベース。アジェールはドラム。
手拍子の女たちが輪を作った。笑みを浮かべ弾んでいる。左右前後にステップを踏み両手を広げフォークダンスのよう。興が乗ってきた。お爺さんが合唱隊に合わせて唄い踊り出した。お婆さんも。
「ピレネーの山から、お腹を空かせた、神さまたちが降りてきた。美味しい物を、おねだり、おねだり…」
お国自慢が続く。
曲が終わった。女たちは壁に引いた。
アルボカが二曲目を厳かに吹き鳴らした。
踊り手の中から三つ編みの髪を後ろで束ねたレイレが進み出た。胸を張り、つま先から膝までがピンと伸びている。プリマドンナの趣き。トリキティシャが二拍子を刻んだ。彼女は腰に両手をあてステップを踏んだ。つま先立てた左のスネに右の踵を置く。すぐさまフクラハギに。そして右足を斜め後方に下げる。次は左足。そしてターン。これを数回、繰り返す。二拍子から四拍子に変わった。それに合わせて足先の捌きも早まり動きも複雑に。レイレは両手を肩まで上げ、肘から先は頭の上に。
チャラパルタの打音と同時に壁の踊り手が参入。レイレを囲み輪を作る。腰に手をあてステップを踏む。左右の足を前に後ろに、それから横に開き、クルッと回る。ターンの時は両手を高く挙げて。
全身から喜びがこぼれ落ちそう。
これならわたしも踊れる。
レイレだけが無表情。集中している。ターンの度に彼女の汗が。これがクラッシクバレイに取り入れられた『Pas de Basque』。見事な足捌き。細かく複雑な動きは真似できない。バスク人の踊りの真髄は足かも…。
バスクのプリマドンナは祭りのヒロインなのだ。
レイレが女たちの輪に入った。
合唱隊も加わり、手を繋ぎ、ステップを踏んで回る。彼女の緊張は解けていた。フィナーレの高揚が続く。娘と手を繋いだお母さんは幸せそう。
踊り手が座った。
弟が輪の中から立ち上がり、わたしに向かって唄い出した。アカペラ。吟遊詩人とは異なる趣。これも即興のよう。
「僕はバスクの男。もう少しで大人になる」
「学校から帰るとお爺さんの羊の世話」
彼はテナーの美声。言霊の抑揚でリズムを取っている。
透き通る少年の声。
「羊は友達。小さい頃は羊の背中で遊んだ」
「子供は直ぐに大きくなる。生まれてひと月で抱えられない」
ゆっくりとした発音なら何とかバスク語の意味が掴める。
「お爺さんは色々、教えてくれる。バスク人の歴史や勇者の姿を」
「お婆さんは家族と友達への優しさを」
ここでアジェールとお父さんがチャラバルタを叩いた。弟と息子への応援のエイトビート。それに呼応した詠いは「ララララ・ララララ・ラ~ララ」と絶好調に。
「僕には夢がある。大人になったら海を越えて旅に出る。広い世界を見てみたい」
「僕には夢がある。強い力を身につけて何時かバスクに戻ってくる」
「僕には夢がある。安心して、楽しく暮らせる平和を、バスクから世界中に広めるんだ」
アジェールの志には幼い頃からこうしてハガネが芯に打ち込まれていたのだ。かなわない。
リターン
5,000円
応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
10,000円
10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
15,000円
15000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』をワープロ圧縮原稿を添付メールで送信します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
20,000円
20000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。次に『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』『』アンダルシアの木洩れ日』のワープロ圧縮原稿を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月