小説好きのあなたに未発表の作品を届けたい。
支援総額
目標金額 1,100,000円
- 支援者
- 0人
- 募集終了日
- 2021年5月10日
(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その45。「白雪姫」
大演奏会が終わった。
これがバスク人。秘められていた念が爆発。奏者も合唱隊も踊り手も汗だく。お父さんが「明日からの祭りのよい練習になった」。集まった人達は近隣の顔なじみに留まらず、コンクールに出場するハビエル村のチームのメンバーだった。アジェールとレイレは水を飲み交わし談笑している。レイレの白い肌
が朱に染まり、初々しくも、鬢のほつれを直す仕草に艶があった。
お爺さんがバスク語でゆっくり呟いた。
「バスク人の音楽も踊りも長いあいだ変わっていない。フランコの時代には楽器を鳴らすことも踊ることもできなかった。それでもバスク人は忘れなかった。言葉と同じさ」
「お腹が空いたでしょう」
お婆さんがわたしを庭に連れ出した。
わたしはもろ手を挙げた歓迎を受けている。
全員でバーベキューの準備。弟が薪に火を入れていた。妹はお母さんの手伝い。二〇余人ものお腹を満たすとなれば食材の数も量も沢山。それらがドッサリと丸太を組んだテーブルに並ぶ。コンロも細長く大きい。お父さんもお手伝い。お爺さんがシードル樽の栓を抜いた。乾杯の準備が整った。子供たちも細長いグラスを手にしている。後はお父さんの発声を待つだけ。
「アジェールと遠い日本からの客人、のぞみの為に集まってくれてありがとう。今日は客人にバスクの歌と踊りを披露できた。明日からは祭り。これから存分に楽しもう」
大演奏会の後は大宴会。
バスクの抜ける空の青が気持ち良い。収穫祭は日本でも晴れがましい。こんな良き日に招かれたわたしは果報者。『食はバスクにあり』とはまさしく。山の麓ならでは料理が並んでいる。お母さんとお婆さんが昨日から準備していたに違いない。
紫玉葱のスライスをベースにした、ほうれん草とトマト、それと黄色のパプリカのサラダには羊のヨーグルトがドレッシング。玉葱とほうれん草には塩で下味がつけられていた。ヨーグルトは酸味が強い。それがこのサラダには絶妙。羊乳のチーズを水で溶かして大豆を煮込み、唐辛子で味付けした真赤なスープ。クレソンが色どりに添えられている。気後れして手を出せないでいると、お婆さんが「辛くないから」と勧めてくれた。おそるおそるスプーンでひと口。柔らかい辛さの中に旨味が広がった。この味も初めて。美味しい。
嬉しそうなお婆さん。
「このスープは宝物。私のお婆さんから授かった」
とうもろこしを粉にして焼き上げたクレープに似ているタロと黒サクランボのジャム。これらがアジェール家の用意。これで半分。それぞれが持ち寄った料理が大皿に載せられていた。キッシュ。チストラ。マルタミコなどなど。全部手製。何処かの店で調達したものなどひとつもない。当たり前か。他にも二色の葡萄と赤く熟した林檎が山盛り籠に…。主役はお爺さんのバスク豚。肉の塊りに岩塩と胡椒を摺り込んで、鉄の串に差し、ジュウジュワと豪快に焼く。
お父さんに勧められ、下ろした青林檎をまぶして食べた。肉の味とマキの香りが深い。バスク豚を堪能。そしてシードルを一気に飲み干した。林檎の酸味に溶け込んだ、透明感のある甘みが発泡してくる。それも上品に。シードルはわたしが唯一美味しく飲めるお酒。
「のぞみはアジェールがお医者さんになって『国境なき医師団』に加わるのに賛成…」
お母さんが神妙にスペイン語で尋ねてきた。
どうやら彼女は困っている。分かる。
「わたしは賛成でも反対でもありません。彼の志が決めた進路ですので反対できません。応援するしかありません。でも寂しい」
「私と同じね。アジェールは子供の頃から意志が強く努力家だった。それは今も変わらない。だから心配なの…」
レイレが突然、そして強い口調でわたしに言い放った。
「私はアジェールの仕事を手伝うんだ」
彼女は高等看護学校進学に向けて猛勉強中。
「私が看護師のインターナショナル・ライセンスを取ったら世界中の何処であってもアジェールと一緒に働ける」
レイレは誇らしげだ。
「のぞみはアジェールのお嫁さんじゃないんだ。お嫁さんだと思ったからショックだった」
妹がわたしに耳打ち。
「レイレは私と小さい頃からの仲良し。何時も二人で遊んでいた。アジェールは私たちに勉強を教えてくれたり一緒に遊んでくれた。レイレは七歳の時からアジェールのお嫁さんになるって…」
「貴女はわたしの強力なライバル。わたしも負けないよう頑張る。アジェールの邪魔しないようにね」
レイレはプイとその場を離れた。
それを聞いていたお爺さんが「やれやれ」と言いつつ、ラム酒の瓶を片手にスペイン語でわたしに語り始めた。彼はバスク語しか話さない。お婆さんも。そうアジェールから聞いていた。両親はスペイン語も話す。その子供達にはフランス語が加わると。
「ゲバラもラム酒を愛していた。ラム酒はワシの心にキックを入れてくれる。バスク人は日本人への感謝を忘れていないんだ。大昔に五十名ものバスク人船乗りが助けられた」
「一六〇九年のサン・フランシスコ号の難破ですね。スペインに来てから知りました」
「よく知っていたね。救助された後はエドで、バスク人もスペイン人も等しく丁重に扱われた。そしてイエヤスは新しく船を造ってくれた。その船で生き残った者達はスペインに生還。バスク人なら子供でも知っている。日本人は名誉を重んじる。我々と同じだ。農民の多くは文字を読み裸馬にも乗る。サムライは威張っているだけ。職人は気位が高い。バスク人は日本人が好きなんだ」
わたしと出逢って直ぐに打ち解けたアジェールの理由のひとつがこれなのかも知れない。
レイレがわたしを家の中に手招きした。
ついてゆくと彼女はピアノの前に座った。
「のぞみはピアノが上手。私はピアノも好きなんだ。『白雪姫』を唄うから聴いて」
敵意が消えていた。
レイレは両指で激しく鍵盤を叩いた。D♭からDmに。最後はEm7のダダーン。少し間をおいて唄い出した。
…Someday my prince will come
Someday we'll meet again
…………………
Someday when my dream come true…
憂いがあった。
「のぞみと私の王子様はアジェールではないんだ。私には分る。悲しい」
レイレの眸からひと筋の涙がこぼれた。
わたしからも。
リターン
5,000円
応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
10,000円
10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
15,000円
15000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』をワープロ圧縮原稿を添付メールで送信します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
20,000円
20000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。次に『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』『』アンダルシアの木洩れ日』のワープロ圧縮原稿を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月