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支援総額
目標金額 1,100,000円
- 支援者
- 0人
- 募集終了日
- 2021年5月10日
(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その46。「ピロタ」
バスクの村には必ず広場がある。
ピロタの競技場は広場に隣接している。おおよそ幅一〇メートル。長さ三〇メートル。コートの正面には壁が設置されている。三メートルを越える壁の中央には一メートルほどの半円形がせり上がっていた。この壁に向かって野球のボールのような球を素手で打ち、跳ね返ってくる球を交互にノーバウンドかワンバウンドで打ち返す。二人一組のゲーム。ツゥバウンドしたり、壁から外れたり、打ち返したボールが壁に引かれたテニスのネットほどの高さのラインを越えられないと相手の得点。七点先取で勝ち。ノーバウンドやワンバウンドで打ち返すのはテニスやスカッシュと同じ。違いはラケットを持たない。テニスの壁打ちに似ているけれど、壁打ちは独りでの練習。スカッシュは三方が壁。
アジェールがお祭りの大会に出場した。
野外のコートは練習用。大会は屋内のコートだった。彼はニ年前のチャンピオンだった。アジェールが得点を重ねる度に喚声が。彼は長身ながらフットワークが軽く素早い。ユニホームは白のタンクトップと七分のパンツ。浅黒く精悍な身体には白が似合う。
一回戦は余裕の勝利。二回戦までのインターバルに彼が戻ってきた。右の拳が真っ赤に腫れている。
わたしはハンカチ片手に水を探してオロオロ。
「大丈夫だから此処に座っていて」
アジェールに呼び寄せられた。
「痛くないの」
「そりゃ痛い。これがピロタなんだ。選手は試合が終わるまで水で冷やしたりしない」
アジェールは人気者だった。観客はベンチに座る彼を見つけると次々に近寄って声を掛ける。彼はそれらに手を振り笑顔で応える。
次の試合が始まった。観客は立ち上がり熱い声援を送っている。ボールが動く寸前には一斉に静まり、拳の打音、壁に打ち付けられる音、選手の足音だけが響く。その静けさは得点が動いた瞬間、喚声と応援に。テニスでは打つ度に「ウッ」と唸るプレーヤーがいる。ピロタの選手は寡黙にボールを追いかけ。壁に打ち返す。
「この試合の勝者が僕の次の相手」
アジェールは真剣な眼差しで見つめている。
「練習していないから、この二人には勝てない」
試合結果はその通りになった。
ピロタはバスクの人達に愛されている。それも熱狂的に。
わたしは日本の野球を想い浮かべた。ピロタのボールは硬かった。触ると野球の硬球のよう。拳を腫れあがらせてもバスク人はラケットを拒否。これは日本人の想像力を超える。
「この痛みに耐えるのが勇者。テリトリーを重んじ、土地の所有概念が希薄なバスク人は自分達の国家を持たず、大国への隷属を余儀なくされてきた。ローマ帝国。オスマントルコ。近年ではフランコ。こうした苦難の長い歴史とピロタの痛みが重なる。この痛みを勇者の誇りとしてバスク人は今日まで受け継いでいるんだ」
拳をわたしのハンカチで冷やしているアジェールの説明。
「拳を冷やすのは敗者」と口惜しそう。
広場では丸太割りが始まっていた。
アジェールが国家試験に合格した。日本語も少しのたどたどしさを我慢すれば日常会話なら問題なし。もの凄い上達ぶり。今は医学の専門用語に挑戦している。辞書とパソコンを駆使してフランス語を日本語に訳している。
「問診と病名に必要な単語は約三五〇」
アジェールの集中力は超人的。この勢いでは一ケ月で日本語の関門突破。こうなるとわたしの出幕はない。わたしのスペイン語は鳴かず飛ばずで中途半端。目標を見定めている彼との違いは著しい。
ピロタとチャラパルタの名手アジェール。彼は日本行きも決めてしまった。尊敬する総合診療医が勤める大学病院への留学。日本の『国境なき医師団』のソシャールミッションから給付される費用で二年間横浜で腕を磨く。この費用は『医師団』への参加が条件。
アジェールは目標に向かって着実に階段を上っている。
どうにもわたしは見劣る。
アジェールとの初めてのクリスマス。
でも年が明けるとわたしはまた独りになってしまう。嬉しくも複雑。
『旅の途中』の一〇回連載原稿はバスクの人達の音楽と踊りを除いて書き上げた。先月は『アストリアス』が載った。今月は『入り江のざわめき』が載る。来月は『ジプシィとロマ』が予定されている。今はバスクと最後の格闘中。ハビエル村を訪れた時の写真が問題だった。わたしが撮ったのは使えない。でもまだまだ時間が在る。その間にどうするかを考え決めれば良い。方法は在る。
わたしは思いがけない幸運が舞い込んで大騒ぎ。アジェールの志は骨に食い込み魂と化している。比べわたしは薄っぺら。流されながら踏ん張っているだけ。男の芯のすざましさを知った。折角のクリスマスなのにわたしの心は沈み込んで居た。
会話が弾まなかった。
アジェールは円形の焼き立てキッシュを持参。
「のぞみと初めてのクリスマス」と彼は店主に告げた。
「合格のプレゼントだ。バイトしながら、よくぞ、受かったものだ。立派な奴だ。お前は俺の自慢だ。のぞみによろしくな…」
アジェールが『Siboney』のマスターからの伝言を嬉しそうに言った。マスターはバスク人だった。
アジェールが突然わたしの眼を見つめて言った。
「『Spanish Dance』を読んだ。大学の日本人留学生に翻訳してもらった。『アストリアス』に描かれていたレコンキスタに感動した。僕が知らなかったアルベニスの心。のぞみは何時か小説を書くと思う」
「私。小説の書き方を知らないから書けるとは思わない。でも書きたいとは時々思う。書くとすれば男を書きたい。私が分からない男を書いてみたい。男はひと度決心したら揺るがない。立てた志に向かって生涯突き進む。アジェールを見ていたら良く分かる。比べて女は雑念に振り回されてしまう」
「男と云ってもそれぞれ。のぞみは雑念に振り回されているのか…」
「うん。アジェールが日本へ行ったら寂しいから」
「僕もそうだよ。のぞみと食事して、喜び、泣き、笑い、時には怒ったりする時間を持てなくなる。会話レッスンは僕にとって大切な忘れられない時間だった。楽しかった。こうは出来ないかな。のぞみも一緒に日本へ行く。そうしたら僕ものぞみも寂しくならない」
「行けたら良いね。今は此処で生きてゆくのに精一杯。いま日本に戻ったら中途半端。支社のみんなに迷惑をかける。特に眼をかけてくれた支社長を失望させてしまう」
「それは分かるけれど…」
「まだまだの私。今は踏ん張り処なんだと思う。アジェールの修業は二年。その間に私のこれからの道筋が見えてくると思っている。二年間は私にとっても修行。アジェールのこれからを待ちながら頑張る」
「のぞみの希望は作家なのか…」
「そうなれたら良いなぁと思う程度。『旅の途中』の連載が終わる頃には今よりもハッキリと分かると思う。スペインで生きてゆけるように頑張る。私。『オレィ』をビシィと決めたいんだ」
わたしは食卓から離れ手拍子。
アジェールも手拍子で応じてくれた。
恰好良く「オレィ」と見得を切った。
アジェールはわたしの「オレィ」を満面の笑顔で受け入れてくれた。その時は受け入れてくれたと思った。互いに修行しながら二年間を待つ。それからが二人の未来を決めると。
リターン
5,000円
応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
10,000円
10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
15,000円
15000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』をワープロ圧縮原稿を添付メールで送信します。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
20,000円
20000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。次に『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』『』アンダルシアの木洩れ日』のワープロ圧縮原稿を添付メールで送ります。
- 支援者
- 0人
- 在庫数
- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月