プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

今年8月8日にオーストラリア・ダーウィン行われるの河原真治さんの妻の美代子さんの散骨の様子をおさめたショートフィルムを制作したい!

72年の時を越え戦争によって引き裂かれた夫婦が再会します。

 

はじめまして。オーストラリア、ダーウィン在住の平山幸子と申します。私は2011年より、第二次世界大戦時にダーウィンで亡くなった人々の慰霊活動をしております。今年8月8日にオーストラリア、ダーウィンで1943年8月17日にダーウィン沖で撃墜された旧日本海軍のパイロット、河原真治さんの妻の美代子さんの散骨を行います。「ダーウィン沖に眠る真治さんのそばで眠りたい」そんな彼女の願いを叶えるべく散骨式を行います。この度は、その散骨式をショートムービーとしてフィルムに収めようと考えております。

 

その様子をショートフィルムに収め、日豪の友好を深めたいと思っています。どうかお力添えいただけませんでしょうか。

 

(2014年9月ダーウィン港にて、海上自衛隊護衛艦はたかぜと豪海軍による洋上合同慰霊式)

 

 

河原真治さんの願いを叶えるために

妻の美代子さんがダーヴィンにやってきます。

 

ここダーウィンでは、1942年から43年まで日本軍による空爆で日豪両国はもとより、アメリカ・フィリピン・インドネシア・そしてオーストラリア先住民であるアボリジニの人々など多くの命が失われました。1943年8月17日にダーウィン沖で撃墜された旧日本海軍のパイロット、河原真治さんもそのうちの1人でした。その、河原真治さんのご遺族が、今年の8月にダーウィンへとやって来られます。目的はただひとつ、ダーウィン沖で亡くなった河原真治さんの妻である美代子さんの「真治さんの飛行機が沈むダーウィンの海に散骨してほしい」という願いを叶えるためです。

 

(河原真治:海軍上等飛行兵曹長、妻美代子:台湾第一高等女学校卒業後家事見習い中に撮ったもの)

 

 

女手ひとつで2人の姉弟を育て上げた美代子さん

 

1943年8月17日、河原真治さんの操縦する偵察機はオーストラリア、ダーウィン方面へと向かい、遂に帰ってくることはありませんでした。家族が受け取ったのは戦死通知のみ。遺骨、遺品どころか真冶さんがどこでどのようにして亡くなったのかさえ分かりませんでした。たった1年余りの結婚生活でしたが、真冶さんは2人のお子さんを残されました。弟の正憲さんは真治さんの戦死後に生まれたため、父親である真冶さんは会ったことがありません。戦後の混乱期、女手ひとつで幼子を育てるのは、どれほどの苦労があったことでしょう。

 

(正憲さん、美代子さん、令津[のりよ]さん)

 

 

妻と娘、50年越しの花を手向けます。

 

終戦後、退役軍人たちがかつての戦友の消息を求め、ダーウィン沖で撃墜された戦闘機・偵察機の調査を始めました。そうしてようやく、1943年8月17日に撃墜された4機の飛行機の行方が分かったのは、戦後実に50年後のことでした。

 

美代子さんと長女令津さんは、ダーウィンへ慰霊に向かい、小型飛行機で追撃地点の上空へ飛び、花束を海へと捧げました。河原氏の飛行機を撃墜したのは、オーストラリアでも“エース”と呼ばれたクライブ・コールドウェル氏でした。氏が存命であるとき、美代子さんと令津さんは和解のために面会を求めましたが、コールドウェル氏は気持ちの整理がつかず、面会は叶いませんでした。令津さんは帰国後手紙を書きました。

 

日本語訳『キラーと呼ばれた男 ~ オーストラリアパイロットの栄光と挫折』発行津雲

 

 

I know that it is the war that is to be blamed and I have no feeling to be hateful to you any more. I wish you would live a long healthy life instead of my father from the bottom of my heart.


(戦争が悪いのであって、貴方を今は憎む気持ちはありません。何卒父の分まで長く長く健康で生きて下さい。お祈りしております)

この手紙はクライブ・コールドウェル氏の本、The Aceにも掲載されました。 

 

(2014年日豪合同洋上慰霊祭)

 

(美代子さん)

 

 

「ダーウィン沖に眠る真治さんのそばで眠りたい」

 

2004年に亡くなった美代子さんは、遺言で散骨を家族に託しました。ですがご家族は、ダーウィンではまだ反日感情があるのでは、という思いからなかなか気が進まず、気が付けば10年近い月日が経っていました。
しかし2014年9月、真治さんのお孫さんである理恵さんが、上述の日豪合同洋上慰霊祭を知ることとなります。

 

これは祖父真治さんが「美代子さんを連れてきてほしい」と言っているのだと感じ、理恵さんは今年の8月8日に散骨を行うことを決意しました。はたかぜ艦長を通じ、ダーウィンに住む私を経由し、現地で散骨の許可を得ようと手配をしていたところ、地元の人々の歓迎ぶりは驚くほどで、現在、市当局や海軍を通じ戦没地点まで行く船を手配中です。

 

 

 

72年の時を越え再会する2人の姿をフィルムに収めたい

 

愛する2人が戦争によって引き裂かれて72年、2人はオーストラリアの海でようやく一緒になることができます。女手ひとつで2人の子供を育てた美代子さんは、夫・真治さんの腕の中でようやく安息の眠りにつくことができることでしょう。

 

日豪両国の人々の協力を得て実現する散骨式を映像に記録し、両国の人に見てもらうべく、ショートフィルムを作成しようと考えています。フィルムは15分程度で、日本語と英語で作成予定です。主にオーストラリアでのフィルムフェスティバルへ出展、および日本のテレビ局へ放送を依頼するつもりです。

(ダーウィンにて)

 

 

終戦から70年。ショートームービーで日豪友好の架け橋になりたい

 

この物語は大変ロマンチックなものとなりますが、同時に日豪の和解がどれほど進んでいるかを示すものとなります。ぜひとも多くの人に見ていただき、若くして亡くなった兵士たちの気持ち、また戦後復興を遂げた日本を支えた人々の苦労に思いをはせ、そして現在の平和な日豪関係をより強いものにするようなフィルムにしたいです。何卒ご協力お願いいたします。

 

 

◆◇◆◇◆引換券について◆◇◆◇◆
ご支援いただいた皆様には、以下のお礼をさせていただきます。

 

①お礼のメッセージ

 

②ショートフィルムのクレジットに
お名前を入れさせていただきます。(日本語・英語)

 

③今回作成するDVD送付

 

④オーストラリア、ダーウィンに来られた際、戦争博物館へのご案内

 

⑤ダーヴィンの市内観光

 

⑥イーストポイントで夕日を見ながらののBBQ
 


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