ライターとして「ビッグイシュー日本」の創刊から関わる稗田和博さんは大阪のホームレスサッカーの練習に参加し続けている古株。サッカーに対する想いやダイバーシティカップの社会的意義について語って頂きました。

 

「なぜホームレスがフットサル?」の呪縛解いた選手たちの喜怒哀

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Photo:Homeless World Cup

 

―稗田さんは、かなり以前から大阪のフットサルに参加していますが、その想いについて聞かせて頂けますか。

大阪のホームレスサッカーに参加するようになったのは、ホームレスW杯・イタリア大会(09年開催)の前ぐらい。たぶん、7~8年はやっています。

 

参加動機は単純で、自分がサッカーをしたいから(笑)。子どもの頃から公園で友達を集めて毎晩サッカーをしていたので、基本、その時の延長なんですけど、やっぱりボールひとつあれば、言葉がいらないというのが魅力。

 

例えば、ホームレスのおっちゃんが練習に来たはいいけど、ちょっと所在なげにしていたりすると、ポーンと彼に向けてボールを蹴る。そしたら、不慣れながらもトラップして、ボールを蹴り返してきてくれる。「お名前は?」とか「サッカー、初めてですか?」とか野暮な言葉は必要なくて、ただお互いの足もとめがけてボールを蹴る、蹴られたボールを止めて、また蹴り返す……。

名前も知らない人とのそんな無言のパス交換がすごく好き。人間のコミュニケーションって、基本、これでいいんじゃないかなって(笑)。

 

あと、試合中、学生の若いボランティアなんかがホームレスのおっちゃんとハイタッチしたりして楽しんで、練習後、帰るおっちゃんの背中を見て、「そうか、あのおっちゃんは今から路上に帰るのか…」と思ったりする。そういうちょっとした気づきがあるのもすごくいいなと思っています。

 

ただ、そういうフットサルの可能性みたいなものは、異文化交流というか、あくまでも趣味的な範囲でのものとして受け止めていたのですが、2011年にパリで開催されたホームレスW杯を現地で目の当たりにして、その考え方は大きく変わりました。

(ホームレスワールドカップ・パリ大会)

 

―どんな風に変わったんですか?

まず、ホームレスでも誰でもいいんですけど、余暇活動としてどこかの公園でフットサルを楽しむことと、少なくないお金が動いてそれなりの大会に参加する、あるいは大会を開催することとは別次元の話ですよね。

 

当然、「なんでホームレスがサッカーをするんだ、そんな暇があったら仕事を探せよ」という批判も出てくる。それは至極ごもっともで、僕もパリに行く前はそう言われても仕方ないよなと五分五分ぐらいで思っていたんです。

 

ところが、W杯を実際に体感してみると、これはどうも自分が思っていたのとは様子が違うぞと。64ヶ国もの国々から約600人のホームレスが集まる大会スケールの大きさはもちろんですが、なにより参加している選手が真剣そのもの。

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ピッチの外では笑顔の絶えない国際交流が行われているけれども、いざ試合になれば、みんな持てる体力と知力をフル活用してボールに食らいつき、躍動してる。

 

チャリティマッチのような和気あいあいとした試合なんて1試合もなく、孤児院の子どもたちで構成されたカンボジアチームと屈強な白人チームが手加減せずにガチンコで戦う姿には心が震えました。

 

会場の隅では、ゴミ箱を蹴って敗戦を悔しがる選手がいたり、人目もはばからず泣きじゃくる女性チームの姿とかを見ていると、これを「ホームレスの遊び」だとか「単なるサッカーの国際交流」と言って切り捨ててしまっていいのだろうかとの思いを持ちました。むしろ、そうしたむき出しの喜怒哀楽の先にこそ、次の人生へのステップがあるような気がしてならなかった。

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ホームレス支援の現場では、食料や住宅、仕事などの提供が中心ですが、必ずしもそれがうまく機能しているとは限らない。

 

むしろ問題の本質は、住居や仕事が「ない」ことではなく、社会的に排除される過程で家族や人とのつながりを失い、生きる喜びや楽しみを喪失した「ホープレス状態」にあることだ―とよく言われる。そうだとすれば、フットサル(あるいはスポーツ)は、その生きる意欲や希望を取り戻す一つの有効なツールになるとの確信を個人的には持っています。

 

世界ではもう当たり前? 社会の課題解決の装置としてのスポーツ

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―今回のダイバーシティカップもそうした思いで開催するのですが、その「確信」というのはどこから来るのでしょう?

それはもう、すでに世界各国で行われているから。パリ大会の時、僕はこれだけの国々のホームレスを誰がどのようにして送り出してきているのか不思議に思ったので、通訳の人と一緒に20ヶ国ぐらい取材して回ったんです。

 

そしたら、どうやら多くの国々では、ホームレスなど社会的に排除された人たちの国内サッカーリーグが存在するらしいということが分かってきた。ヨーロッパ、中南米、オーストラリア……と、もうほとんどの国にリーグがあった。

メキシコなんて、国内にW杯と同規模のトーナメントがあって、約1万8000人の中から8人の代表選手を選抜してきていて、選手たちは勝ち抜くうちに「自分にも何かできるんじゃないか」という自信や希望を取り戻していくと言うんです。

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そういう国々に対して、僕は「ホームレスがサッカーをするって、どうなんですかね?」ってバカな質問をしていて、だんだん自分が恥ずかしくなってきた(笑)。「サッカーがホームレスの社会復帰に有効なのは、もう当たり前のこと。この日本人は今さら何を言っているんだ」。と、はっきり口にはされませんでしたけど、そう言われているような気がしました。

 

おそらく日本と世界では、スポーツ文化に対する考え方が全く違うのかもしれません。日本では学校の体育から連なる「教育の中のスポーツ」とプロスポーツなどの「競技スポーツ」の2つが中心ですが、世界にはもう一つ「社会の課題解決の装置」としてのスポーツがある。

 

そうした文脈で捉えると、さまざまな問題を抱えた多様な人たちが参加する今回のダイバーシティカップは、社会の課題解決の装置としてのスポーツを日本に根付かせる第1歩になるんじゃないかと期待しています。

 

2020年には東京オリンピックも控えていることですし、プロスポーツに歓喜するだけじゃない、社会変革に歓喜するスポーツがあってもいいんじゃないかと思っています。

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