プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

日本一の愛猫家の聖地となる施設をオープンさせたい!

 

はじめまして、畠山博と申します。秋田県横手市にてボランティア団体「忠義な猫でまちおこし推進委員会」の会長を務めています。横手市には、忠猫(ちゅうびょう)と刻字された猫の石碑があります。この度、その石碑を移転させるとともに石碑を中心に大館市の観光を活発させるべくプロジェクトをスタートさせました。

 

この度、秋田県横手市の猫の石碑を移転させ、愛猫家の聖地をオープンさせます!人々に感動を与えた猫の物語を通じ子供たちの郷土愛を醸成、観光スポットとして周知、通年観光を実現させ地域の活性化にもつなげたいです!

 

忠猫(ちゅうびょう)の石碑を移転させるため皆様のお力をお貸しください!!

 

 

(忠猫(ちゅうびょう)の石碑)

 

忠猫(ちゅうびょう)ってなんだろう?

 

忠犬ハチ公の故郷は秋田県北の大館市ですが、県南の横手市には「忠猫(ちゅうびょう)」と刻字され、猫の姿が浮き彫りになっている石碑があります。私は、その石碑を見つけて、忠猫(ちゅうびょう)ってなんだろう?ずっと疑問でした。知り合いの郷土史研究家に調べてもらったところ、次のような史実を知るに至りました。

 

(忠猫の石碑が建立された当時の写真です。)

 

明治の中頃、この公園は大地主 伊勢多右衛門(たえもん)の庭園でした。多右衛門は貧しい人を助けたり凶作や災害に備えるために、感恩講という慈善組織をつくり、米を蓄えていました。庭園を人々が憩う公園にする工事も進めていたのです。

 

ところが、村のあちこちにある米蔵はネズミに荒らされ、庭園は野ネズミやヘビによって木や側溝、堤にも被害が出ていました。すると、飼っていた白まだらの雌猫が米蔵を回ってはネズミを捕り、庭園の野ネズミやヘビも10年ほどかけて絶滅させたのです。

 

多右衛門は自分の意を体して働く猫に感動したのでした。その姿は、神仏が乗り移って人々を守ろうとする命の番人に見えた。生涯、子供を産まず、聖女のようだったという。

 

 忠猫は、村人たちを救い、いのちの番人と称えられた猫だったのです。 

 

猫は明治40(1907)年2月15日、13歳で亡くなりました。多右衛門は、「永遠にこの功徳を伝えたい。碑を見る人々よ、忠義な猫の功績を忘れないでほしい」多右衛門はそう古文書に遺し、翌年、猫の供養とこの話を末永く伝えるため庭園に猫碑を建てました。

 

(猫碑前での集合写真)

 

感銘を受け、有志を集め

「忠義な猫でまちおこし推進委員会」を設立しました。

 

真相を知った私は、人に尽くした尊い猫の物語を通じ、子供たちの郷土愛を醸成、さらにペットブームで猫を愛する人が多いご時勢、地域振興にもつなげるため有志を集めてまちおこし団体を発足、初代会長になりました。

 

「忠義な猫でまちおこし推進委員会」では、忠義な猫にちなんだ歌のCD紙芝居を制作したり、民話の専門家に昔語りに仕立ててもらい各種イベントで披露しました。また、観光土産に招福猫サブレの商品開発もしました。

 

【お土産品として招福猫サブレを開発】

 

【動画も制作(5分程度のダイジェスト版)】

 

身を削って忠義を尽くしたのに、

雨風が当たる場所に野ざらしになっていて可哀想な状況です。

 

現在、猫碑は公園の片隅に野ざらしとなっています。このままでは徐々に風化してしまいます。目立たない場所で探すのに時間がかかり、お参りに来た方々が記念写真を撮るのも窮屈な場所です。身を削って忠義を尽くしたのに可哀想な状態です。

 

そのため、猫碑の永続的な保守管理をするための建物、後世に伝えるための資料の展示場、街が活気付く中心となるイベント会場、またお土産売り場や駐車場などを完備し、広く県内外から観光客や愛猫家を迎え入れるための環境を整えるため、昨年、公園近くで立地の良い物件(旧仏具店)を借り、そこへ猫碑を移転することを決めました。

 

移転場所となる店舗スペース(約60坪あり)です。
(忠義な猫の神社建設図)

 

移転場所は、県道沿いの目立つ場所にあり、隣地には神社駐車場(普通車20台ほど駐車可能)があります。大型の観光バスも入れます。神社さんのご厚意で無償でお借りできることになりました。

 

しかしながら、建物内部には猫碑を安置するための台座を設置し、神社を建立。そのために内部の模様替えもしなければいけません。この工事に必要な資金について今回、皆様のご支援をお願い申し上げます。

 

横手市の広報課ではCMを制作、わがまちCMコンテストで予選を通過しました。

忠義な猫のいるまち横手市

 

大館市のハチ公に追いつけ、追い越せ!

 

今日の社会事情は、とりわけ先の見えない停滞感に加え、震災・豪雪、さらに経済基盤の疲弊など、人々は希望をもてない状況にあります。殊に、過疎化・少子高齢化問題が深刻な秋田県を、住みやすいまちから住みたいまちへと転換しないと、いずれはこの横手市も消滅してしまうかもしれません。日本の活性化は地方からです!

 

住みやすいまちなんて全国にたくさんあります。多くの人たちを迎え活力を維持していくためには地元民の覚悟・団結・努力がいるのだと思います。それなくして地域の未来はありません。誰が沈みゆく泥舟に乗るでしょうか。荒海でも沈まない強い船が必要です。強い船をつくり、多くの人たちに乗船してもらうまちづくりが絶対に必要です。

 

将来的には他の観光地との連携をとり企画旅行を計画、横手市の「忠義な猫」を起点とし、地域全体の活性化を目標としています。

 

「忠義な猫」を起点とした、

横手市全体の活性化のために皆様のご支援をお願いします。

 

内館牧子さん(秋田県出身)にも応援していただいています!

 

本プロジェクトは作家で大の愛猫家でもある
内館牧子さん(秋田県出身)にも応援していただいています!
※週刊朝日・月刊「ねこ新聞」・秋田魁新報などで紹介していただきました。

 

☆★☆★ これまでの活動について ☆★☆★

 

忠義な猫にちなんだ歌のCD紙芝居を制作、民話の専門家に昔語りに仕立ててもらい各種イベントで披露しました。観光土産に招福猫サブレも開発しました。

 

【忠義な猫の歌のCD】

 

 

 

大型の紙芝居】

 

 

保育園や小中学校で使っています。先生たちは「動物だって人に尽くすこともあるんだと、子供たちに感動を与える物語は教材に適しています」と話しています。

 

 

【毎年公園で行われるあやめ祭りイベントで昔語りを披露】

 

 

 

【お年寄りの集いの場にも語り部を派遣】

 

 

 

【カラオケ大会を4回実施、語りや歌を披露】

 

 

 

県の顕彰事業でまちおこしに対する功績が認められ表彰をうけました。

 

 

(ボランティア団体「忠義な猫でまちおこし推進委員会」の会長:畠山)

 

この度は最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 

皆様の支援が忠猫の移設につながり、これからの横手市のみならず、猫を愛する方々をつなげるきっかけとなりますので、ご支援をお願い致します。

 

(畠山)

 

 


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