西日本豪雨災害、学生ボランティア活動レポート

 

学校名:明治学院大学

学年:4年

活動日:8/25,26,27

場所:広島県広島市南区楠那町及び同県呉市天応町

 

 

活動レポート

 

▪️現地の写真

 

 

 

 上記の2枚は南区楠那町にて住人の方の許可を頂き撮ったものと、同町ボランティアセンターでの自分の写真です。呉市天応では写真撮影が原則禁止されていたため撮りませんでした。

 

▪️具体的な活動内容

 南区楠那町では、住居前の坂になっている道に集積した土砂を土  嚢袋に詰め、近くの寺へ運び出す作業。呉市天応では、床上の浸水が酷く建て壊しが決まった個人宅の家財の運び出し。

 

▪️現地に行きどんな発見、学びがあったのか?

 

「現地の状況」

よく、「報道されない〇〇」という言葉を聞きますが実際に行ってみて自分でそれをリアルに感じました。現地での被害状況やどのように生活しているか、どのようなことに困っているか、ボランティアはどこで何をするのかなど、少なくともニュースは確認していたつもりでした。ですが自分の想像以上のことだらけでテレビで見るより勿論生々しく、被害の跡が残っていました。自分の周りの同年代の子たちとは同じかそれ以上の関心を寄せていたつもりだったので、おそらく自分が現地で見て聞いて感じたことは現地に行ったり、よほど関心を持って情報をチェックしたりしていないと知り得ないことなのだろうと思いました。

 

「葛藤」

 少しでも何かしたいと思いボランティアに行きましたが自分だけの力では復興まで、まだまだまだまだ到底足りず、一人の人間の無力さを感じました。自分がボランティアに行った日のつい数日前まで避難所で生活していた人とお話をして自分は東京でごく普通の、その人たちと比べたら何一つ不自由のない生活をできているのではないかと考えました。「何を呑気に過ごしていたんだ。自分も、周りの人達も。」と。しかしここから葛藤が生まれました。そしてそれはいまでも確実にクリアになっている訳ではありません。その葛藤は、そんなことを考え出したら正直キリがないということです。今回の大雨の被害を受けたのは南区の方達だけでも呉市の方達だけでもないですし、広島の方達だけでもないです。岡山もそうですし、福島や熊本でまだ苦しんでいる人もいるでしょう。世界をみればもっともっと過酷な生活を送る人がいます。その反対で、世界中に豊かな暮らしをする人もいます。本当は苦しい思いをしている人がいたらその苦しみはできるだけ和らぐように自分は何かをしたいし、なんとかしたいという思いはあります。ですが当たり前すぎて言いたくないくらい自分一人ではどうにもできないし、世界中の人が今苦しい生活をしている人のことを考えるのは不可能だと思ってしまいます。ボランティアから帰って来て東京の人を見るとなんでそんなに人ごとで過ごせるのだろうという考えも生まれました。例の葛藤により、それは当たり前のことでその人達にも生活があるし、自分の人生を精一杯行きているだけかもしれないという考えも同様に生まれました。もう結局これから何をすればいいのか、このことは考えていていいのか分からないです。ボランティアに行く前からこのようなことは考えたことはありましたが、実際に行って肌で感じ取ってから頭で考えると、これはまるで出口までの道のりが長く自分がどこにいるのかも分からないような森の中に入ってしまったようだと思います。けれどこれも行かないと分からないことで、行かずに、何も考えずに、一生過ごすよりは、一生悩んで考えることになっても自分は行ってそのことを考えられるようになって本当に良かったと思い、自分で自分を少し誇りに思う気持ちも生まれました。このように少しでも肯定できる何かを無理矢理にでも見つけないと自分のなかで整理ができないだけかもしれないですが。

 少なくとも今回ボランティアに行って見たこと、生まれた考えは今後の自分を形成していく大きなものであることは確かな感覚として抱いています。今年就職活動でしたが、なりたい職に受からず来年その職をまた受けることになりました。今はそのための準備の期間ですが、今回のボランティアで見えた考えは自分が大切にしている価値観の本質的な部分のような気もしていて来年の就職活動、若しくはその先のキャリアにおいて影響をもたらすだろうと思います。

 

「言葉に対する潜在意識」

 また別のテーマで感じたことをあげたいと思います。「ボランティアに行く」という言葉がどれだけ潜在的に自分の中でイメージが作られていたのかということを感じました。これはあくまでも自分としてですが、結論から述べるとその言葉にはとらわれ過ぎない方がいいということです。むしろ意識的に考えないようにするくらいがいいのではとすら思いました。このような天災の被害が大きく出た時には「ボランティア」や「自分にできること」などの言葉をよく耳にします。そして多くの人が「自分にできること」をしようと思い、「ボランティア」に行ったり募金をしたりします。しかしそれにとらわれすぎると、例えば「ボランティアだから現地の人に一切迷惑をかけないようにしないと!現地の人の力は借りないぞ!私は助けに行っているのだから!」のような気持ちが湧いて来てしまいます。それでは私が思うボランティアの本質の助け合い・支え合いや寄り添う気持ちが見えにくくなってしまいます。実際一緒にボランティア活動を行った人がそのようなことを話していて、初めは確かに自分も現地に行ってすごく助けてもらったりお世話になったりしているなと感じました。納得してしまったのです。けれど、ではどうすればいいのか考えてすぐにわかりました。いくら頑張ってもいまの自分では誰かの力を借りずに完全に一人で別のだれかを助けること、手伝うことはできないのです。それでも私は自分の思いを行動にしたいし、それで助かる人がいることを自分の目で見て知っているのです。「ボランティア」の言葉の強さは帰って来てからも感じました。帰って来てボランティアにまた行きたいと素直に思いました。けれど「ボランティアにまた行きたいって軽くないか?」と思ったのです。私がまた行きたいと思ったのはおそらく広島が楽しかったというのもあります。私はボランティア活動が昼過ぎに終わった後カープの試合を見て、広島の街を楽しんで過ごしました。これ自体「ボランティアに行っているのに観光するな。」と言う人もいるかもしれないのですが「ボランティアは観光しない方がいい」、「また行きたいは軽い」と言うことは「ボランティア」という言葉の助ける・自己犠牲・慈善活動という意味が強くなり過ぎて楽しんではいけないというイメージが拡がっているからかなと思います。私がボランティアに来ているのだから助けは借りないという人に初め共感し、また行きたいは軽いと思ったように私の中にもそのイメージがあったのだと思います。だからこそ自分としては意識的にでもそのことを考えないようにするべきだと思いました。誰が何をやっても人のことを想っての行動なら意味があると思います。そして今「自分にできること」は目の前のことに対して誠実に、少しずつでも行動することだと思っています。

 

「これから」

 自分は以前「ボランティア」に対して正直「偽善だ。何を求めてやるのか。」と思っていました。今考えるとなんと無知で浅はかだったことかと思いますが、高校生の時にボランティアをする友達に無情にも率直にその想いをぶつけたことを覚えています。だからこそ、いま蔓延しているボランティアに対するイメージを抱く人の気持ちもわかります。そんな自分がなぜ今は全く逆の想いを持ち行動しているのか、しばらく考えていますが未だ分かりません。もしそれが分かれば今そう思う人達の心を動かせ得るのではないかと思います。これができて誰もが今苦しい生活をしている人のことを考えられるような世界に近づけることが、いま自分がしたいことです。小学生のような現実を知らない果てしない夢物語と言われても。

 

▪️一番印象的だったことは?

 現地の状況です。南区ではテレビで見ていたような、家の一面が二階まで土砂で埋まり屋根がわずかに見えているだけの家がありました。呉市では地区一帯が大きな被害にあっていて隣り合う家々が同じように一階部分が床上浸水、半壊、という状況でした。被災した家に向かう途中、道路の途中に放置された車がありました。その車は遠くから見たら車とは見分けがつかず、近づいて初めて大きな被害に遭い、未だに重機で動かすこともできずに置かれている車だということが分かりました。その車は高速道路を走るトレーラーに前後両側から同時に追突されたようでした。車についた瓦礫、草木、泥で大雨の被害だったのかと思い出させる程でした。家財の運び出しを行ったお宅ではそろばん教室を営まれていたようで、黒板に7月6日の日付がそのまま残されていて、息を飲み言葉が出ず胸が締め付けられる思いとはこのことかと感じました。この光景がとても印象的です。

 

▪️自由記述(感想、伝えたい思いなど。)

 現地での発見・学びの欄に多く記述してしまいましたが被害にあった方々のご冥福を祈る想いと一刻も早い復興を願う想いは根底にあります。いまの被害状況をもっと多くの人に知って欲しい、個人としてもっと助けになることをしていきたい思いもあります。そして多くの気づきと経験を得られたことには不謹慎ながらも感謝しています。短いながらも発見・学びと併せて感想とさせていただきます。

 

▪️クラウドファンディング支援者へ一言

 今回のご支援本当にありがとうございます。学生にとっては5000円も大きな額です。支援があるのとないのでは大きく変わります。交通費が何よりも高いものなのでそこに援助があることが大変支えになりました。私は人づてに聞いて申請しました。交通費で迷っている学生には今度は私が発信していきたいと思います。ありがとうございます。世界中の人が今苦しい生活をしている人のことを考えるこれからもよろしくお願いいたします。

 

 

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