みなさんは、

こどものころ、

本を読むのがすきでした?

 

じつをいうと、

わたしは本を読むのが、

すきじゃなかった。

 

わたしの両親は、

ほとんど本を読まなかった。
しかし、

わたしには、

しきりに本を読ませようとした。


定期的に、

選んだ本を買ってきてくれ、

わたしに与えた。
はっきり言って、

その中には、

わたしが読みたい本は

ほとんどなかった。

 

わたしがこどもの本を書こうと思ったのは、

ある意味、

こども時代に読まされた本へのリベンジだ。

 

読みたくない本を読まされるのは

つらい。


きげんよくテレビを見ていると、

背後から

「あの本、読んだのか?」と、

たずねられる。


圧力に負け、

後ろ髪をひかれつつテレビから離れ、

その本を読む。

 

わたしは、

あははと笑える本がすきだった。
きっちょむさんとんちばなしや、

落語を子供用にまとめた本など。


しかし、

親も先生も、

その本とわたしを鋭く指さすようにして、

同じことを言った。

「そんなのは、本じゃない!」


いまなら、

「本じゃなくてけっこう」と

きっぱり言えるが、

こどものころは、

ただしょんぼりするだけだった。

 

けれど、

こんなわたしだって、

本をすきになる時が訪れる。
親や先生から解放され、

じぶんのすきな本を読むたのしみを

知った時から。

 

本をすきなこどもにしたい。
多くの親はなぜか、

そう思っている。

自分は本など読まなくても。

こどもに本を読ませたい。


これは

とてもデリケートなことだと思う。


こどもへのいやがらせ(ハラスメント)にならぬよう、

その子に合ったこまやかな対応を、

せつにせつにお願いしたい。

 

 

わたしが今も大切にしている、唯一のあの頃の本。

編者の西条八十は、当時作詞家として有名だった。

親のセレクトとわたしの好みが合った、偶然の一冊。

今見ても、絵も文章もすばらしい!

 

新着情報一覧へ