プロジェクト概要

原発事故から28年経っても尚、傷跡が残るチェルノブイリの小児病院の子どもたちに粉ミルクを届けます!

 

はじめまして。NPO法人チェルノブイリ救援・中部スタッフの兼松真梨子です。チェルノブイリ原発事故から28年という歳月がたちました。かつては社会的な関心も高かったのですが、月日とともに人々の記憶から薄れ、現地への支援が減り続けています。今でも汚染地域の貧困家庭では、汚染されていない食べ物を得ることが難しく、お母さんが被曝すれば母乳を通して赤ちゃんも被曝してしまいます。そこで今回のプロジェクトでは、汚染地域で暮らすお母さんと子どもたちのために、粉ミルクを贈ります。粉ミルクを購入するための資金が足りていません。約1000円で粉ミルク1缶を購入することができます。

 

時間が経ち、人々の記憶から薄れ、支援も減り続けている今だからこそ支援が必要です。どうぞよろしくお願いします。

 

(ウクライナ・ジトーミル市 市立小児病院にて 未熟児の赤ちゃん)

 

 

(未熟児用高タンパク配合粉ミルク)

 

 

チェルノブイリ原発事故から28年ー。今もなお、汚染されていない食べ物の入手が難しく、妊婦さんに大きな影響が出ています

 

私は2012年2月には初めてウクライナを訪問し、現地の幼稚園や学校で子どもたちと交流したり、28年前事故処理にあたった方から当時のお話を聞いたり、現地の状況を見てきました。放射能による汚染がもたらす健康被害は今も終わっていません。事故の10年後に生まれた人が今、出産年齢に達しています。

 

妊婦さんの4割が貧血で、3割以上が何かしらのケアが必要といわれています。子どもの病気も決して減っていません。特に貧しい家庭では、汚染されていない食べ物を得ることが難しく、家庭菜園で採れた野菜や牛乳など汚染したものを食べて被曝しています。お母さんが被曝すれば母乳を通して赤ちゃんも被曝してしまうのが、28年も経った今の現状です。

 

(オブルチ地区病院にて 出産を迎えた妊婦さん)

 

 

粉ミルクは赤ちゃんだけでなく、栄養改善のための乳飲料として児童の健康にも役立てられるのです。汚染地区の児童数は8000人です。子どもの2~4%が先天性発育障害で、障害率も高いことが挙げられます。病気のために新生児で親権を放棄されてしまう赤ちゃんもいます。

 

(ジトーミル市立小児病院にて 先天性免疫不全の赤ちゃん)

 

チェルノブイリの汚染地域で暮らす妊婦さん、お母さん、赤ちゃん、子どもたちに粉ミルクを送ります。

 

チェルノブイリ原発事故の被害を多く受けた地域がウクライナ・ジトーミル州です。今回のプロジェクトでは、汚染地域で暮らすお母さんと子どもたちのために、粉ミルクを贈ります。日本国内で集めた支援金を、ウクライナ現地のカウンターパートであるホステージ基金を通して、州内の小児病院へ粉ミルクを届けます。

 

(オブルチ地区病院の産科医師、院長(中央)とホステージ基金代表(右))

 

 

 

同じ痛みを経験したチェルノブイリ。時間が経ち、人々の記憶から薄れ、支援も減り続けている今だからこそ支援が必要です。

 

忘れ去られようとしているチェルノブイリ―2011年3月の福島原発事故によって、皮肉にも人々の記憶を呼び覚ますことになりました。福島の事故後すぐに、チェルノブイリの被災者たちが日本のために支援金募るキャンペーンをしてくれました。同じ痛みを経験したからこそ、手を差し伸べてくれたのだと思います。私たちの団体は福島の支援にも、チェルノブイリの支援にも同じように力を注いでいきたいと思っています!

 

でも…年々、チェルノブイリへの支援金は減り続けています。20年以上続けてきたこのミルクキャンペーン。終わらせるわけにはいきません。

 

1990年8月、市民団体として初めて救援物資を持って現地を訪れた代表団は、チェルノブイリの南西78キロに位置するマーリン市のある若い夫婦を訪ねました。この夫婦の一人娘ジェイニャちゃんが今に至るミルクキャンペーンのきっかけになりました。

 

(ミルクキャンペーンのきっかけとなった家族と派遣団メンバー)

 

ジェイニャちゃんは1990年9月に3歳になる女の子。腕が細くまるで人形のような彼女は成長が遅れているように見えました。話を聞くと、母親は子どもが一番栄養を必要としているときにミルク、母乳を与えなかったことを話してくれました。

 

事故後、乳牛から放射能が検出され、ソ連だけでなくポーランドやドイツでも牛乳が廃棄されました。それを知っていた夫婦は、ミルクを与えることができませんでした。当時は情報は隠され、相談する場所もなく、汚染されていない食品がなかった中で、この夫婦はジェイニャちゃんにボルシチスープを与える道を選んだのです。

 

そのせいで、娘の成長が遅れて体調が悪いのだと、すべての責任を背負い嘆き悲しんでいたのです。その話を派遣団から聞いた当時のメンバーが、子どもと苦しんでいるお母さんのために「ミルクキャンペーン」を始めたのです。

 

当初は日本で粉ミルク缶を購入し、ラベルにメッセージを描き、送っていました。各地でチャリティーイベントやコンサートが開かれ、たくさんのミルク缶を贈ることができました。

 

(メッセージを貼りつけたミルク缶)

 

今では、現地でも安全な粉ミルクを購入することができるようになりました。粉ミルク缶そのものを贈るスタイルから、寄付金を募って支援金という形で贈るスタイルへ変わった今も、子どもたちとお母さんたちを応援する気持ちは変わりません。

 

ソ連崩壊から独立、そして現在のウクライナ情勢の政変…。時代とともに、取り巻く環境が変わる中、消して苦しむ彼らが取り残されてしまうことのないように、私たちはこれからもサポートを続けていきます!

 

(ジトーミル市立小児病院 出産後まもない赤ちゃんと若いお母さん)

 

 

原発事故の影響で苦しむ現地の方々へ粉ミルクを届けるためにも、ご支援どうぞよろしくお願いいたします


粉ミルクを購入するための資金が足りていません。約1000円で粉ミルク1缶を購入することができます。現地の病院はどこも予算不足ですが、貧しい家庭には無料で粉ミルクを提供しています。ウクライナ情勢が不安定な今は、病院に割り当てられる予算もどんどん縮小しています。汚染地域の中で最大の地区であるオブルチ地区にある中央病院では年間600件のお産があります。妊婦さんや赤ちゃんの健康と安心のためにも粉ミルクは欠かせないのです。

 

病院から、汚染地域で暮らすお母さんとその子どもに対し無料提供を継続して行っていくために、ご支援どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 引換券について ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

ご支援いただいた皆様にはお礼に下記の引換券をお送りします!

 

■サンクスレター

 

■絵葉書のセット

 いずれか一つを選択してください。

 ①ウクライナ・ナロジチ地区の写真絵はがき(4枚セット)

 

 ②ウクライナの子どもたちが描いた絵はがき(5枚セット)

 

 ③ウクライナの風景スケッチ画絵はがき(8枚セット)

 

 

■会報誌「ポレーシェ」年間購読

 2か月に1回発行しています。1年間、ご自宅まで配送いたします。

 

 

■書籍「たった一回の原発事故で―ウクライナの母たちからの手紙」

 チェルノブイリ原発事故から数年後、文通の呼びかけに応じたウクライナの母からの手紙集です。(1993年出版)

 

 

 ■ウクライナ雑貨

 マトリョーシカのキーホルダーやストラップなど現地で調達したウクライナ雑貨。

 

 ■ウクライナの民芸品「マトリョーシカ」小、刺繍作品、壁飾りなど

 マトリョーシカや刺繍もの、飾りものなど、何が入るかはお楽しみに!

 

 

■ウクライナの民芸品「マトリョーシカ」大

 4体以上の入れ子になっているマトリョーシカ。大きめです。デザインや色味など何が届くかお楽しみに!

 

 

 

 

 


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