どうやら、ミサンガの女性は仮設団地の中で他の住人の皆さんから孤立しているようでした。我々が訪問した際も、そんな雰囲気はおぼろげに感じていましたが、話を聞くと思ったよりも深刻な断絶がそこにはありました。

 

 彼女が住む仮設は、元々同じ集落に住んでいた人々がそのままそっくり移り住んだ巨大な団地でした。当然、昔からの顔見知りです。断絶に至るまでには長い長い経緯があり、外部から訪れる人間には介入出来ないほどの難しい感情のしこりが存在しました。彼女はなるべく自分と家族を疎んじる住人と顔を合わせないように、息を殺すように生活をして、イベントがあっても殻に閉じこもるように避け続けていたのです。では何故、我々の活動には参加するようになったのでしょうか?

 私は思い立って、ショートメールを彼女に送ってみました。

 

“来月、お邪魔します。良かったらまた参加してくださいね!お待ちしてます”

 

 送信してすぐ、彼女から今度は着信がありました。

 

「こんな夜中にごめんなさい‥どうしても話がしたくて」

 

 電話越しの声は弱々しく、嗚咽混じりでした。ろれつが回っていないので、もしかしたら酒に酔っているのかも?と思いました。

 

「大丈夫ですよ、電話くれて嬉しいです。お話ってなんですか?」

 

「何度か仮設にいらして、もう気づいているかと思いますが‥私、他の人たちから物凄い精神的な攻撃を受けているんです。もう、何年も。ずっとです‥私だけじゃない、私の家族にもヒドイことをされ続けていて、辛いんです。どうしたら良いのか‥」

 

 その後、電話で彼女の話を一時間半ほど聞き、おぼろげに彼女を取り巻く状況が(あくまで彼女からの視点ですが)見えてきました。彼女と彼女の家族に対してあまり良くない感情を持つ他の住民が、一挙手一投足に目を光らせ、会えば聞こえるように悪口を言い、嘲笑する。部屋の前にはいやがらせのようにゴミ袋が置かれて、集会所で子どもたちを相手に宿題を教えていれば押し入って、大音量でテレビをつける。自治会などの集まりには呼ばない‥などなど。

 

 時々、声をつまらせながら話す彼女の言葉は、多分客観的に見れば被害妄想と取られてもいたしかたのない部分もあったでしょうが、今の彼女が抱えている辛さや痛み、苦しみは現に存在しているリアルな感覚でした。ただでさえ過酷な被災体験をした彼女に、更なる生き辛さを強いている現実世界の恐ろしさを、私は言葉の一つひとつから感じ取ることが出来ました。しかし何故、彼女はそんな辛さの中で我々の活動には顔を出してくれるのでしょうか。

 

「歌が、好きなんです。津波の後に、ああやって大好きな歌に触れられたことが嬉しくて、それで勇気を出して毎回部屋から出ていました。ずっと狭い部屋の中で息を殺して生活して、声なんて全然発することが出来なかったのに、知っている歌、好きな歌に合わせて私でも声が出るんだなって感激したんです」

 

 少しずつ落ち着きを取り戻した彼女は、大きく深呼吸をして私に言いました。

 

「このまま、負けていられないなって。私を排除しようとする人には、どうぞ好きにすればいいって思います。私は負けない、歌の活動だけは何としても出ます。ミサンガも作ります」

 

 そうして電話は切れました。

 

 一ヶ月後、仮設を訪れた我々を、仁王立ちした彼女が玄関で迎えてくれました。集会所の中では、大音量のテレビがついていて、その前には数名の女性が陣取っていました。ミサンガの女性は自分の手を我々の前にかざし、強張った笑顔を作りました。

 

「見てください、震えてるでしょう?でも、頑張って中に入ります」

 

 そう言って彼女は大股で部屋へ入り、音楽療法の準備を手伝ってくれました。私も、テレビの前の女性たちに活動が始まるのでいったんテレビを消してください、良かったら歌を歌っていってくださいと告げました。女性たちは何も答えずにテレビを消し、そのまま部屋を出ようとしましたが

 

「何よ、帰るの?この先生の音楽、面白いよ。皆もきっと気に入るから、参加してったらいいじゃない」

 

 とミサンガの女性が彼女らに言いました。すると、一番高齢の女性が「ふん」と鼻を鳴らし、他の人にアイコンタクトをすると、どっかりと椅子に座り腕組みをしました。そして私に向かって

 

「今日はおみやげないの?」

 

 と聞き、私が手ぶらだと答えると

 

「じゃあリクエストしようかな、レパートリーは何があるのさ」

 

 と言いました。それをきっかけに、他の皆さんもどんどん自分の好きな懐メロや演歌を口にして、この日の活動はいつになく賑わいました。アシスタントなすちゃんも張り切って、演歌に合わせて面白い踊りを披露し、参加者から万雷の拍手をもらっていました。ミサンガの女性もやっと緊張が取れたのか、満面の笑みを浮かべて一緒に手を叩いていました。私はミサンガの女性にもリクエストが無いか聞きました。すると、彼女は中島みゆきの「糸」が好きだと答えました。

 

「あのね、先生の声も素敵なんだけど、アシスタントのお兄さんに歌って欲しいな」

 

 彼女がいきなり突拍子も無いことを言い出して、なすちゃんは「えええ」と奇声を発し、大きく動揺しました。歌えないの?と私が言うと、一応知っているけど‥としばらく躊躇した後に、意を決して初めて人前でソロを歌い始めました。私も彼の歌声をこんな形で聞くのは初めてでしたが、多少ぶっきらぼうな歌い方がかえって朴訥な味があり、何だか心に染み渡りました。

 

「素敵、お兄さん!私をお嫁さんにして」

 

 再び突拍子もないことを言われて、なすちゃんの顔はみるみる真っ赤になっていきました。ミサンガの女性も、他の人も、それを見て大きな声で笑っていました。私も笑いました。なすちゃんはいたたまれないのか、大きな体をホワイトボードに隠していないふりをしていました。
 

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