仮設巡回も三年目を迎え、毎月巡回する仮設もレギュラーで安定していた頃に、突然びっくりするような電話が仮設を管理している事務所からありました。

 

「実は、仮設の住民から苦情がありまして」

 

 いつも仮設の予約を担当してくれていた被災地の方から、申し訳無さそうな声のトーンで切り出されて、アシスタントなすちゃんが戸惑いながらも応対しました。

 

「苦情と言うと、音楽療法の活動内容についてでしょうか」

 

「内容と言いますか‥音楽療法のイベントは毎回土曜日にご予約いただいていたんですが、平日は仕事に出ている住民の方から、週末は自室でゆっくりと寝ていたいのに、間近の集会所で大音量の歌声が聞こえてくるとうるさくて休めない、との投書が届いたんです」

 

 仮設の集会所は、他の居室と長屋のように棟続きになっているため、音の出るイベントは確かに周囲への配慮が必須でした。でも今更何故?となすちゃんは思ったそうです。

 

「我々は平日、通常の業務を行って収益を上げて、そのお金を使って被災地でのボランティア活動として仮設を回っているのです。どうしても被災地を訪問するのは週末になってしまうのですが‥これまでそのような苦情が無かったので、正直とても今、困惑してます」

 

「ご事情は重々承知しておりますが、何せ仮設住人ご本人からの苦情なので‥どうにか活動日程を変更していただけないものでしょうか」

 

 間に挟まれている事務局の方を、これ以上困らせるのも忍びなく、なすちゃんはいったん代表理事(つまり私です)に相談しますと言って電話を切りました。それを聞いた私は、なすちゃんと一緒に対応策を考えましたが、実際に現地の方々から拒絶されたという事実に二人とも少なからずショックを受けました。

 

「どうします?土日はもう来るなってことらしいですよ」

 

「うーん」

 

 この頃、やっと二件ほど東日本大震災関連の助成金が下りて、宿泊費やガソリン代を自腹で出さなくて良い状態になっていたのですが、それでも活動資金はカツカツでした。私が平日、通常の音楽療法で休み無くあちこち営業してやっと、法人の運営が保てるような崖っぷちにあったのです。被災地の活動を増やしたいのは山々でしたが、その分収入が減ると長期的な活動は出来ないかもしれない‥ジレンマでした。

 

 苦悩の日々が続き、ある日電話が。

 

「こんにちは、先生。もうお聞きになったかと思いますが、うちの仮設にいる人から音楽の時間をやめさせろ!って苦情が入ったそうです」

 

 それは音楽療法に毎回出てくれる、熱心な住民の女性からでした。

 

「私ねえ、誰が苦情出したか分かってるんですよ!頭にきちゃうわ!」

 

 彼女はいつも真っ先に集会所に入り、毎回「港町十三番地」のリクエストをくれる人でした。参加者が少ないと、部屋を回って呼びにいってくれたり、時々飲み物を差し入れしてくれました。いつも穏やかな彼女は、こちらが驚くほどに、激高してました。

 

「最近ただでさえイベントが減って、みんな日中何もすることが無い状態で、せっかく今でも来てくださる先生方を断るなんてひどい。明日、私役場に言って文句言ってきます」

 

 まあまあ、と私は電話越しになだめました。彼女と、苦情の主の関係性が悪くなる原因が我々の活動だと、一層事態は悪化しかねません。どうか穏便に‥と言って電話を切りました。


気持ちは大変有り難かったのですが、ね。

 

 電話の彼女が行動を起こす前に、私も別の方法が無いか模索し、掛けあってみました。仮設のある地区の公民館はどうか?と思って調べたのですが、参加者には足の悪い高齢の方がいて、仮設から公民館へ向かう急な坂道の移動が心配でした。送迎すればいいかな?とも思ったのですが、結構な人数の送迎は時間的に無理がありそうです。やはり平日を一日くらい潰して、宿泊も増やすしかないかも‥という結論に達しました。

 

 これがきっかけで、我々の被災地巡回は月に一度、二泊三日を入れて他は毎週土曜日、という過密スケジュールを組んでの再出発となりました。民宿に二泊するので、タンタンも二晩まるまる車中泊になり、ちょっと可哀想かな‥とも思いましたが、我が家に引き取った数日後から慣らしてあったので(そして有り難いことに吠えない大人しい犬だったので)、大丈夫でした。

 

 電話をくれた女性と仮設でお会いした時、彼女はまだプリプリと怒っていました。結局、役場に単身で怒鳴りこんだのだそうです。音楽療法の来訪をどれくらい楽しみにしている人がいるのか、担当者にがっつりと説いてきたと言ってました。

 

「でも結局、お力にはなれなかったわ。ごめんなさいね」

 

 私は彼女に、心から感謝の言葉を伝えました。これだけ我々の活動を愛してくれていること、そして親身になって行動を起こしてくれたことは本当に嬉しかったです。

 

 活動を終えて次の場所へ移動した時、偶然にもそこに役場の担当者(怒鳴りこまれた人)が来ていました。我々が音楽療法の支援をしにきていると知って、話しかけてくれました。

 

「すごい剣幕で怒られましたよ、自分の立場ではどうしようも出来なかったので、すいませんでした。でも、本当に皆さん楽しみにしているんですね。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」

 

 私は恐縮して、この度はお騒がせしました‥と頭を下げましたが、その方は笑いながら受け流してくれました。

 

 この仮設はその後も、何かとお騒がせな事件が頻発したのですが、それだけに毎回活動中の話が尽きません。今年に入って、電話の彼女も新居へ引っ越し、どんどんメンバーは減ってきていますが、参加者の人数は不思議と変わりはありません。喧嘩しながら、仲違いしながら、それでも皆さん仲良く今でも暮らしています。

 

 我々も平日の被災地の様子を見る時間が増えて、新たな視点が生まれたと思って、今ではこの出来事に感謝しています。

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