難病に倒れたマラソンランナー『車椅子の難病難民画家』手塚氏の復活を賭けた闘いの日々。最初に、現在の手塚氏へのインタビュービデオをご覧ください、、、

 

難病難民画家の手塚氏

 

※手塚氏の呂律が回らないのは酔っているからではありません。ギラン・バレー症候群により舌の運動神経も壊れてしまい、話すこともできませんでした。必死のリハビリにより、今はなんとか会話ができるまで回復しました。

※症状が最初に顔に出た場合は、フィッシャー症候群という病名で診断されることもあります。

 

手塚氏は、3年前の8月にギラン・バレー症候群に襲われてから、1年7ヵ月も入院されていました。現在の医療制度では同じ病院に長期間入院することはできないため、途中で病院をいくつも転院されました。

 

最後のリハビリ病院でも歩けるようにはならず「もう治らない」と言われ、絶望から鬱病になり、そして退院になりました。

 

退院後は、お気に入りのWHILL(最新式電動車椅子)で呑み歩く日々、、、

 

愛用のWhILLに乗る手塚氏

 

障害者に対する社会のバリアについて、SNSに毎日怒りの投稿をしていました。

 

ある日、たむらあやこさんのように(動かない手で)絵を描くことを始めたら、必死で描いているうちに心が救われました。

 

絶望から立ち上がった手塚氏は、自宅にもリハビリ用の平行棒を設置して、毎日リハビリに打ち込んでいます。リハビリ病院で「もう治らない」と言われたにも拘わらず、3年目にして遂に(わずかですが)独りで歩くこともできるようになりました!

 

絵の腕も大したもので、今年の3月には、絵の個展を開催されました。

 

すっかり明るくなった手塚氏は、4月には東京都障害者福祉会館で行なっている患者交流会にも愛用のWHILLで参加して、表光代さんとのツーショットをゲット。

 

表さんと手塚氏

 

表光代さんも元マラソンランナーです。新聞やTVの報道ステーションでご存知の方も多いと思いますが、2年間もの入院生活の後、やはり「もう治らない」と言われて車椅子生活になるも、復活するべく毎日リハビリを頑張ったそうです。

 

発症から7年目の2013年には、あろうことか、東京マラソンを完走されました。発症から11年後の昨年6月には、なんということでしょう! いわて銀河100キロマラソンを走破されました。

 

患者交流会では、表光代さんから『手塚さんと私で一緒に伝説を作りましょう♪』と言われて、たいへん喜んでいました。

 

手塚氏の復活をみんなで祝う日が早く来ることを祈っています。

 

※下の写真は、病気になる前のマラソンランナー手塚氏

 

マラソンランナーの手塚氏

 

さて、手塚氏が(動かない手で)絵を描く秘密は、、、次回をお楽しみに。

 

※手塚氏の絵のレプリカセットや手塚氏との対談もリターンとして提供させていただいております。

 

みなさま、こんにちは、上田肇です。

 

たくさんのご支援を頂きありがとうございます。プロジェクトが成立して全国の医療関係者に『ふんばれ、がんばれ、ギラン・バレー』を贈れるように頑張ります。

 

ところで、表光代さんは、現在もまだ回復途上にあります。例えば、脚の感覚がなく、しょっちゅう転んでは骨折をしているそうです。

 

また、手塚氏と同じように舌の動きが悪く、手指拘縮のため指が動かず、ペンやお箸を持つこともできなければ、靴紐を結ぶこともできません。

 

現在も毎日リハビリとトレーニングの日々をおくっていらっしゃいます。

 

難病ですが、諦めなければ回復できます。

 

引き続き応援どうぞよろしくお願い申し上げます。

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