人は年を重ねるにつれて、もともと持っている性格が強くなるときいたことがあります。父は脳梗塞で倒れる前から、頑固で、すぐ声を荒げるような怖い存在でした。一緒に遊んでくれることもあったけれど、嫌いなところもたくさんあって、私は家庭内でも、いつも気を遣って両親の顔色を伺って、小さいころから家を出る日をずっと心待ちにしていました。

 

けれど、父が倒れて、母ひとりの肩に負担がのしかかってしまった7年前。もう、喜んで家を出る状態ではなくなっていました。ずっと出ようと画策していたのに、結局家を出ないのは、私の甘えた心もあると思います。でも今の状態で、父を母にまかせっきりにするなんて、とても後ろめたい気がする。「偉いねー」って言ってくださる方がいるけど、実際はいつも心の中でイライラと闘っています。なんで私が、やってられないって思います。一人暮らししたい、フランスに住みたい、好きな人や友達にいっぱい会う時間がほしい。若い今しかできないような華やかなおしゃれをいっぱいしたい。遊びたい。旅に出たい。思いっきり自由なことしたい。でも、今この現状から逃げたら後悔するから、あとで後悔したくないから今向き合っています。両親と一緒にいられる時間には、限りがある。でも、今の自分がつぶれないように、どうしたら向き合い続けられるか、長女として何ができるか、考えて自分も両親も幸せになれる雰囲気づくりにつとめています。

その現実逃避、「私は今、この状態を楽しんでいるんだ!」って思えるような工夫づくりを、終わりが見えない中で、つらいと思っている方と一緒に考えて、楽になれたらと思って、今回のプロジェクトを企画しました。


 

 

悩み続けて、泥だらけになって7年かかりました。でも、もっと早く楽になれたはず。自分を許せたはずだと思っています。素直にお父さんお母さん大好きって言えたはず。好きだから一緒に住む道を選んだって気づけて、楽になれたはず。

 

 

もう、大好きな家族のことで、こんな思いをする人がいなくていいような世の中にしたい。大好きな人と一緒の時間を過ごせることが、憎しみに、辛さになってしまわなくていいように。

 

 

優しいねーとか、偉いねーっていう言葉で「福祉」にかかわることを、簡単に片づけないでほしい。「かわいそうだね」「関係ないし」って考えはもう、ダサすぎる。笑顔あふれるような、るんるんモードでは決していられない現実があるから、楽しくする価値があると考えています。「楽しくできること」を知らなかったら、ここまで向き合えなかった。投げ出して、父が死ぬとき絶対後悔してた。


「介護」「福祉」は、暮らし方。介助だけじゃない、小さな家事も含まれてる。会話の仕方も、隣で笑う時も、話すときも。


今だから、やっと父と一緒に暮らすことを選んでよかったって言える。父を憎まないでいられる。どれだけ大切な人でも、介護をしている人の3割が憎しみを感じているという現実、大好きな人にそんな気持ちを感じてしまうということを、変えたい。そんなの悲しすぎるし辛すぎる。世界が注目する「超高齢化先進国」だから、変えて見せたい。これから日本の社会は「在宅医療」「地域での終末期」にシフトします。病院のベッドではなくて、住み慣れた地域で人生を終えるような社会を厚生労働省は考えていると、私は思います。でも、いまこんな状態で、そんな夢物語できっこない。「介護はつらい」「大変そう」「施設にいれるなんてひどい」そんな上滑りの突き放すような声、もう聴きたくない。一人ひとりが、自分のこと、自分の大切なひとの大事な人生のこととして、考えてほしい。考えて、話し合って、自宅がいいのか施設がいいのか過ごす場所、過ごし方、かかわり方、そして終末期医療の受け方も含めて、「福祉」を考えてほしい。

 

まずは、小さな日常の工夫から「介護」「福祉」をさらっと考えるような世の中にしたい。国の政策は、私たちの幸せな日常のためにあって、私たちには幸せになる権利と、幸せな社会をつくる義務がある。そんな雰囲気を作るチャンスと時間が、泥だらけの私にはあると思います。

 

いよいよ、あと3日になりました。
ここまで見守ってくださって、ありがとうございます。

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