生まれてきた我が子と話がしたい。それは親として当然の愛情だと思います。

耳が聞こえなくても、なんとかコミュニケーションしたい。気持ちを理解してあげたい。そう思うのではないでしょうか。

日本のろう者教育がどうなっているのか知らないことも多いのですが、少なくとも親が手話を勉強して(または読唇術を学ばせて)子どもと会話できるようにしていると思います。中にはホームサイン(その家でしか通じない手話)を使って会話している家族もあるようです。

 

タイのろう者の親は、手話が出来ません。つまり、子どもと会話する手段を持っていない親がほとんど。学校に行くまでのろう者の子供時代はとても孤独なようです。だれとも意思を通わせることが出来ないのです。みんなが笑っていても、何を笑っているのかわかりません。誰かが怒っていても原因がわかりません。誰かにひっぱたかれても、なぜだかわかりません。お父さんお母さんから善悪を学ぶ機会も殆ど無いのです。

 

タイには聾学校の制度があり9年間教育を受けます。ほとんどの子供は学校の敷地にある宿舎に寝泊まりしています。始めて手話を教えられ、友達と会話し、一気に世界が広がることでしょう。しかし、正直9年もかけて何を教えているのだろう?と疑問に思うほど何も教えられていません。学校で良いことだけを学べればいいのですが、寄宿舎では悪いことも学んでしまいます。親とのつながりが薄く、善悪の概念が希薄な子どもたちにとって、悪い先輩からの悪事の教育はひどい結果を産みます。暴力や嘘、詐欺まがいの行為が横行し、それが普通の社会だと思ってしまうのです。学校を卒業したろう者が、そのまま社会に出たら大変なことになることは容易に想像がつきます。

 

親を責めることは出来ません。ぼくの知っているろう者の親は、本当に愛情深く、いつも子供のことを心配しています。なのになぜ手話を覚えないんだろう?と思っていたのですが、よく考えると、手話を学ぶ機会が全く無いのだということに気づきました。親同士の繋がりもありません。親が聾の子どもを理解する、聾の子どもが親を理解するのを助けてあげるのも支援の一つです。

 

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