【2011年春~冬】

イタリアに滞在しているコラーニ教授に形状の確認をしてもらうために試作品の発送準備を進めていた矢先、東日本大震災が起きました。

2011年3月11日の出来事は、多くの人々の価値観や生き方に影響を及ぼすことになったことと思いますが、私にとっても自分自身を問い直す大きな転機となります。

 

この扇子開発プロジェクトも、その頃から大きく舵を切り始めました。ただ今までにないデザインの扇子をつくるだけでは全く物足りない、全く意味がない、そんな風に考えるようになりました。残された生涯の時間の中で、自分に一体何ができるのだろうか、そのようなことを自問自答する日々を送るようになりました。

 

震災後はただただ打ちひしがれ、しばらくなにもできませんでしたが、2カ月ほど経ったある日、思い出したように以前準備していた小包を大阪からイタリア・ミラノに向けて発送します。

 

しかし、そこから数週間経ち、数か月経ち、いくらトラッキングナンバーを追跡しても、イタリアの税関に留まっていてそこから配送される気配はありません。インターネットで調べると、同様の状態にある人の書き込みが多く見られました。どうやら、2011年の震災直後の当時、日本から送られた荷物は漏れなく「検査」にかけられているようでした。そして、発送してから半年以上経ったある日、どういうわけか小包は私の手元に戻ってきてしまいました。

 

私は、引き続き扇子の素材について調べたり、宮脇賣扇庵様と試作品を作って検証し始めました。宮脇賣扇庵様はご厚意で試作の親骨から型を取って硬いアクリル樹脂の親骨を作ってくださり、その骨で仕立てて頂きましたが、こちらは弾性が足りなかったようでABS樹脂と同じく使用途中で先端が開いてきました。竹に近付くための最適な素材を探索する途中で竹の繊維を練り込んだという新しい樹脂にも出逢いましたが、こちらはコストが非常に高く、断念しました。少しずつ知見は溜まるものの、何をやっても上手く行かない、そんな時期が長く続きました。

 

震災から約8ヶ月経ったある日、私は会社の震災復興ボランティアで宮城県石巻市を訪れ、自分の眼と心にたくさんの悲しみと希望を焼き付けて帰ってきました。

 

 

同じ頃、扇子の試作品が入った小包を再度イタリアに発送した私は、コラーニ教授から直接試作品の評価を得るために、また数年前からあたためてきた構想を聞いてもらうために、ミラノへの渡航準備を進めていました。

 

激動の2011年も終わりに差しかかっていた12月中旬、私は単身ミラノに渡りました。

 

(つづく)

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