【我々は独りになってしもうた】

 

「私らのこういう扇骨を拵えるんでも、今ちょっとずつレーザーで切ってます。レーザーで切るのは宜しいがな。職人のしんどいの辛いのを緩和できる。ところが、竹をこういう風に成型するのに、竹の歪みや割れを製造工程でポンポン撥ねられる様な作り方を我々の先人は考えてるわけですよ。湿らしてねポンポンと叩くとね、自然と悪い竹が跳ねて出て来よるわけですよ。それはもう職人技ですわ。やったことがない者が叩いてやってもでてきまへんで(笑)。叩き方があるわけですよ。

 

ところがレーザーで切ったら、ええ竹も問題がある竹も全部同じやからどこかでチェックせなあかん。ところがチェックするのもはっきり言うて竹の性質なんて考えんでもええ連中が見るさかいに、物凄い悪いもんばっかりが製品に混じってしまう。今度は検品の話ですけど、我々の業界だけと違うて、友禅屋はんも陶器屋はんもどんな商売でも同じで、拵えた我々から完成品が出ていきますわな。今度は収める問屋はんでね、検品に物凄い労力かけとるんですよ。でも検品しているのはど素人です。そこのフィルターを通してから市場に出ますけど、検品している人が問題やと思たら、『こんなもん何で撥ねたんや』と我々が思うもんでも全部却ってきます。新たな時代に、色んなところで新たな問題を引き起こしながら、引きずっていくんでしょうね。」

 

「それと同じで、この間、活版印刷で名刺を拵えてましたけど、インクジェットで名刺作ったら1セット2000円足らずで出来るのに、活版印刷屋と1万なんぼですわ。インクジェットとはちょっと風合いが違うので特徴出して活版印刷を復活させたいとか言うてましたけど、そんなもんは無駄な抵抗ですわ(笑)。私らも活版印刷みたいなもんですわ。もう消えていくんやなと。どういう風な理解で考えたらええんかなと思いましてね…。

 

圧倒的に労働工賃の安い国ができあがって、流通がこれだけ発達して。宅急便ができた時に我々も物凄い喜んだと、喜んだ次に来たことがこれ。中国から日本にモノ送りよったら、2日で着くんですよ、どんな辺鄙なところからでも。そりゃもうあかんでと、こういう時代に我々は生きてるんです。」

 

 

「結局我々は独りになってしもうた訳ですよ。例えばこの扇子はこういう風に切りぬいてある訳ですよ。この切りぬきも切りぬく職人さんがいたわけですよ。これが一年中くるくる回らんようになったら辞めていきますわね。今はどうしてるかいうたら、私が切ってるわけです。私が切って、私が貼って、私が加飾(かしょく)して私が全部して、そんな状態です。伝統的な分業体制が崩れていくわけです。注文が一番簡単な、私らにしたら仕事としてあんまり利益はないけれど年がら年中あるから一番おいしい仕事ですわ。一番おいしい仕事がグローバル化で中国へ行ってしまうわけです。

 

ほんなら中国との違いということをもっと掘り下げにゃならんわなと、掘り下げるためにはなにせにゃあかんかというたら、全行程を一旦自分の体に全部入れてしまおうと。下絵から何から何まで、今まで企画も絵屋はんに「こんな絵できへんか?」いうて頼んどいたら。出てくるわけですやん。ほんなら私の知恵とは違う誰かの知恵が、何人かいてたら違う種類が出てくるわけですやん。自分とは違うもんが出てくる。それが「バリエーション」となってくる、何年かやり続けると。

 

ところが人が減って工程が短こうなってこういうことを自分の中でやっていると、私の個性しかないわけですよ。そんなもんで私があんなもんこんなもんいいながら、アンテナ張りもて自分にないもんまで表現したいと思うてても、そんなもんは己しかないわけですよ。それをやっていたら、範囲の狭い狭い、余計に小っちゃくなっていくわけですよ、器が。その道はどんどんどん険しう細うなって、この20年ほどの間に己独りになってしまうわけです。そんなもんに誰が商売として魅力感じて扱うてくれるか、という今度はそういう場面に出くわすわけです。そやから、私だけと違うて私と同じような立場の人は全部同じような時代感覚を持ってると思います。」

 

(つづく)

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