【3Dプリンターのおばちゃん】

 

「こないだね。私の友達の漆器屋はんが京都の町屋を借りて、七宝やっている人やら、織物やっている人やら、陶器やっている人やら、知り合いみんなが久しぶりに集まったんですよ。そしたら『中西さん、明日ね、京都市が募ってみんなで3Dプリンターの工場へ見学に行くんや』と。それに興味を持ったんが銀の装飾を拵えているおばちゃんで『非常に興味がある』と。多分それが良かったら、3Dのプリンターがそこの工房に入るんですよ。そしたら、今まで積み重ねてきたものをデザイン的な物をそこに移して行って、具現化しようというわけですよ。その時におばちゃんに言うたんです。『漆器屋はんには蒔絵置いてますやん。この間テレビで漆の粒子を細かくするさかいに、インクジェットで漆の模様をどんな立体のもんでもデータから打ち込んだら、職人さんの筆やら、もういらんらしいで』と。『全部再現できるらしいで』と。つまり『我々はもう要りまへんで』と。

 

「それで昔はそういう連中が集まるとね、みんな異様な空気やったですよ。ヘンなヤツばっかりでしたよ。髭生やしたりスキンヘッドやったり、ごっつい数珠を付けたり、ブローチ付けたり、下駄履いたり、そんな連中やったのに、この間集まった時には、みんな平準化してるんですよ。ユニクロで揃えたみたいに。その連中は着るもんにしても、持ってるバッグにしても、他者と差別化したいという見るからに一般の人らと生き方が違うんやと、ただ其処に立っているだけでも主張しとったんですよ。それが主張が一切なくなったんですよ。昔は普通の格好してへんかったやんか、こんなん普通の集まりやったやんかと。その連中がこんなになってしもたんやと。

 

他者との差別化、他者との差異のために生きてた連中が、それだけ平準化されたんは『ファストファッション』のお陰かな?と。こんな連中に何が生み出せんのや?って言うてたんですよ。そういう面でも、終わったなという感じですな。そんな平準化してしもて一般の人と同じような服装して、お前ら何考えてんのやと。お前ら若い時と全然違うと。こんなとこでは何も生み出せへんわと思って帰ってきたわけです。

 

 

「毎週KBS京都で池波正太郎の鬼平犯科帳やらなんやらで食のことを絡めて江戸の庶民の生活を見てんのが私の楽しみやったんですけど、東京でお客さんと町を歩いてた時に、池波正太郎の時代劇で出てた粟餅屋に入ったんです。粟餅を食べるだけで江戸情緒のある周辺、店のしつらえ、おかみさんの言葉遣いとか楽しめるわけです。

 

ところが、今はちゃいますわね、例えばマクドナルドは全国同じマニュアルでやると。更に、最近はスターバックスのコーヒーの入れ方を特集したりとか、チェーン店のマニュアルがある中でIKEAの陳列のプロとか、テレビで出て来よるわけですよ。そういうの見ると時代も変わってきたんやなと思うわけですけど、何がプロやと。マニュアルがあって会議やって、会議に忠実にやりよる自分の個性も何もない奴がテレビ出てきて、何がプロやと。時代やなと。心の中でそう思いながらね、そういう時代なんや、受け入れなあかんのやと。受け入れて次のとこへ我々行かなあかんのに、そこで拒否したらあかんのやと。3Dプリンターの銀細工のおばちゃんも私と同じような葛藤の中で『受け入れなあかんのや』という想いで、見に行くのやと思います。多分数か月経ったら、あそこの工房には3Dプリンターが入って、その中で創作していくんやと思います。」

 

(つづく)

 

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