【ついに年が明けました!】

 

皆さま、明けましておめでとうございます。\(^▽^)/

 

2015年初夏に開始させていただいた本プロジェクトですが、

ついに年を越してしまいました…ね!(汗)

昨年は大変お世話になりまして、本当に有難うございました!!

 

プロジェクトの過程で困難にぶち当たっても挫けることなく真っ直ぐに向き合い、

ご協力者と歩みを共にして何とか乗り越えることができたのは、

心あたたまる応援メッセージやダイレクトメッセージで励まし支えてくださった、

支援者の皆さまのおかげです。

 

READYFOR?で出逢った支援者さまとの間のあたたかいご縁、制作に協力頂いた皆さまとの間でぶつかり合った熱いご縁、改めて支えていただいている有難さを実感致しました昔からの懐かしいご縁、そして、立ちはだかる壁を乗り越えようとしてもがいた様々な経験は、私にとって何ものにも代え難い財産です。本当にありがとうございます!

 

願わくは、今年も扇子産業に関わらせていただいて、ひきつづき国産扇子の危機を訴え、

需要喚起と伝統産業の継続や技術継承のヒントを探っていきたいと考えております。

そして、扇子が日本列島に伝わる文化の中で、如何に重要な存在であるかについて、

皆さまと一緒に確認していきたいと考えております。

 

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

【ついに最終仕様が決定しました!】

 

2日前、京都の扇子職人中西さんから扇子が届きました!

またその2日前、中西さんは電話でこう仰っていました。

 

「長いこと扇子をやってきましたけど、こんなん初めてでしたわ…」

 

「かはほりあふぎ」は、文字通り『職人さん泣かせ』の扇子となってしまいました(苦笑)。

 

「ゼロからやりますさかい、ちょっと待っとくれやっしゃ」

前回の記事でこのように仰り、扇子職人の誇りにかけて取り組んでくださった中西さんは「柿渋を引いたかはほりあふぎ」に合う扇面をゼロから研究され、また複数名の折りの職人さんを当たられ、ついに「硬い紙」に辿り着かれました。

 

「私らの言う『硬い』と、皆さんの言う『硬い』は違いますんで、

口ではうまく説明できませんが、とにかくこの前の紙とは違う折れやすい紙ですわ」

 

中西さんにはそれぞれの分業過程を担っていただく職人さんたちと目的をしっかり共有いただき、硬い和紙に薄く柿渋を引くことと、扇面の折り方もこれまでとは少し違うやり方でご対応いただくことになりました。

 

そして、扇子職人の皆さまのご尽力により、ついに、ついに辿り着くことができたのです!

最終の和紙、最終の柿渋の引き方、最終の折り方に!

 

これが最終形の「かはほりあふぎ」となります!!

扇子うんちく満載のリーフレットも、密かに完成しております!(笑)

 

正月が明けましたら、早速この仕様で制作を進めて参ります。

まとまった数が出来次第、順次発送させていただきますので、

もうしばらくお待ちいただきますよう、お願い申し上げます。

 

 

【あらためて「柿渋って何?」】

 

クラウドファンディングの途中で持ち上がった「柿渋の扇面」。

光沢の美しさに加えて、和紙の耐久性が増して使うほどに味が出てくる扇面を、

きっと皆さまは喜んでくださるはず…。

 

そのように考えて仕様変更した扇面に、私たちは頭を悩まされることになりました。

この写真は、秋頃サンプルとして受け取りました柿渋を厚く引いた扇面です。

光を反射して茶色く見えていますが、実際は黒光りしています。

何より私が驚いたのは、薄い和紙がプラスチックのように硬化してしまっていることでした。

前回、やり直しをせざるを得なくなったのは、この扇面を使用したためです。

 

おそらく1000年以上前から日本各地で作られてきた柿渋は、

防水剤、防腐剤、そして薬や木工品の下地塗りとして用いられてきました。

 

夏頃から「かきしぶ、かきしぶ」とお伝えしてきましたが、

扇子の和紙の表面に施されるそれは、そもそもいったい何なのか?

どのように作られるものなのか?

 

昨年の秋に訪れました大阪の花博記念公園鶴見緑地にある「咲くやこの花館」で、

ちょうどよい企画がありましたので、そこで紹介されていた資料をご覧いただきます。

 

以下、引用です。

 

『柿渋とは?

 

増える病害虫や強い紫外線から身を守るように、青柿は夏に向けてタンニンを増やします。青柿を砕いてしぼった液を濾過したものを「柿渋(かきしぶ)」と言います。
柿渋液の中に含まれる「柿タンニン」は、不溶性の強靭な皮膜をつくり、防水、防腐、防虫効果を発揮します。


昔は、漁網や釣り糸は麻や綿糸で作られていて、その強度を高めるために大量の柿渋が使われました。漁師の家の庭先には柿が植えられていて、夏の夕方には若い漁師たちが集まって、柿渋をつくるのが夏の風物詩でもありました。


また、民間療法として柿渋を2~3倍に薄めて布に浸し、火傷の患部に貼ると早く治り、傷あとを残さないといわれています。傷口のタンパク質と結合して、薄い皮膜を作ることや抗菌性を発揮するからだと考えられています。

 

<咲くやこの花館 特別展『自然の恵みに感謝しよう』パネルより

出典:現代農業2014年8月号> 』

 

以上、引用を終わります。

さらに詳細をお知りになりたい方は、こちらをご参照ください→月刊現代農業

 

弥生時代に大陸から渡って来た柿。

夏になると青柿が病気や昆虫、強い紫外線から身を守るようにタンニンを増やし、

人間は青柿から必要なものを取り出して、生活の中で多様な用途で利用する…。

自然の力を借りて生きてきた日本列島に住む人々の知恵がそこにありました。

 

古来より用いられてきた柿渋を、かはほりあふぎで体感いただけましたら幸いです。

 

今回も、お読みいただきまして有難うございました。

お届けまで、もうしばらくお待ちください!

 

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