「扇子を中心とした文化発信事業を展開していきたい」

 

現在の会社勤めをいずれ辞めて、ご家業である扇子業に携わられる決断をされた京都にお住まいの若い女性、◆◆◆さん。


昨秋、私たちの京扇子開発プロジェクトをご覧になったことが、ご家業を継がれる契機になったと伝えて下さり、心から感動した私は、彼女を訪ねて様々なお話をうかがったり、ヴィジョンを共有させて頂くことになりました。

 

初めてお会いした時の印象は、とても溌剌とした印象の、笑顔が素敵な京美人。普段のお仕事もバリバリこなされていることが想像できました。
「かはほりあふぎ」をべた褒めして下さるので、少々気恥ずかしくなります。
御本人の希望でお顔はご紹介できませんが、ここまでお赦しをいただきました(笑)。

 

 

まず、昨今のご家業の状況からおうかがいしていきます。

 

『特定の業界への卸がメインで小売りは何年か前にやり始めたところなんです。その業界は今とても厳しいんですよ。「あれ?取引先が少なくなってきたな」というのが最近です。1000本の取引やったところが100本になり、10本になり、1本になり、最後は倒産しているということが結構あったようです。
卸に拘っていると事業が成り立たなくなっているんです。』

 

是非、お聞きしたかったのが、これから実現されようとしていること。
彼女のヴィジョンに耳を傾けました。

 

『扇子文化を伝えることが、私の中で一番大事なところです。何を目指すのか、というところでは、だいぶざっくりですけど「扇子の文化、日本の文化を伝える拠点」になりたいです。うちに来てくれた人が体験を通して京扇子を好きになってもらって、帰ってもらう時には扇子のファンになってもらえるような場所づくりをしていくのが一つの目標です。扇子文化を伝える店になりたいんです。

 

宮参りの扇子に始まって、舞扇があって檜扇があって、かはほりがあって…と色んな種類の扇子を展示解説して、投扇興や絵付けなどの色々な体験もできて…。そこへ行けば扇子の詳しいことが全てわかるという場所ですね。

 

もう一つは扇子を売る会社としては、卸から小売りへと変えていきたいんです。職人さんに丸投げではない企画開発を行って、製造卸から直接生活者に価値をお届けする企業へと。他社さんみたいなやり方はできないですが、私たち独自のやり方で、「古くて新しい」じゃないですけど、扇子の本質はぶれないように努めていきたいです。


ありきたりの図柄だけではなく、和のコンセプトで上手く日本文化を取り込んだモダンな扇子を創っていきたいんです。扇子は春、夏、秋、冬と季節で柄が決まってるんですけど、1年中使って頂けるようなモダンな扇子です。

 

あと、卸が年々厳しくなっていく中、これまで数名で仕事を回していましたので、新しい取引先の開拓ができていませんでした。そこにも取り組んでいきたいですね。』

 

 

「職人さんとの関係作りにも取り組んでいきたい」

 

『卸の会社に多いのかもしれないですけど、扇子をお金に還元する道具と考えるような、そういう風にはなりたくないですね。職人を大事にする会社になりたいんです。職人さんとのお付き合いは難しいですが、大事にしなければなりません。職人さんがいないと成り立たないですから。

 

でも、昔のことを知っている人というか、昔からのお付き合いの中で職人さんをぞんざいに扱ってきたのではないかと思います。やっぱり「扇子を買っている卸が上だ」という見方、「買ったってんねんぞ」という風に見てしまっているところがあるのだと思います。そういうんじゃないなぁというか、もう少しうまいやり方をすれば、ちゃんとお付き合いできるんじゃないかなという風に思うんですね。

 

商品を作る上で私たちは全体をマネジメントする立場にいるので、下に見ているというかこっちが買っているという自負があるんでしょうね。職人さんありきの仕事だということを忘れているような気がします。彼らの問題(長い商習慣の中で形成されてきた負の部分)を抜きにしても。職人さんに好かれる企業になりたいなあと思いますね。


細かい話ですけど、振り込み手数料も職人さんに全部負担してもらっているんです。いくら以上やったら負担してという決めごとだったらいいですけど、そうじゃなくて、みんなそうやってるからそうしているらしいんです。「悪いと思ってるけど、そういう慣例やから」というのではなく、それが「当然」になっているんです。


そういうところにも態度が見え隠れしてしまいます。商売やからしょうがないのかもしれませんけど、やはり違和感を覚えます。恐らく、どこもそんな感じなんです。

 

工賃の問題もあります。今までの日本経済の流れを見て行くと、昔から職人さんは卸からめっちゃ買い叩かれてきて、生活ができなくなったり、生活ができなくなるから子供に継がせないとかいう選択肢になります。だから卸の責任は重大だと思うんです。でも職人さんも何本作れば生活できるとか考えていないかもしれません。何本作れば子供に継がせようと思える稼ぎが作れるなど、把握されていないかもしれません。


伝統産業の中でも特に扇子は買い叩かれてきたから、適正な工賃が設定されていないような気がします。適正な工賃が払える産業にしていけるように、頑張っていきたいです。』

 

彼女のヴィジョンの根底にあるものは、奇しくも私がこの6年の京扇子づくり経験を通して持つようになった課題意識と同じものでした。

 

コラーニデザインの京扇子かはほりあふぎを仕立てて下さった扇子職人、中西潤吉さんは、かつてこのように仰いました。
(中西さんは、「扇子産業はあと5年しか持たない(分業体制の崩壊)」「このままでは京都の伝統産業は全滅する」と警鐘を鳴らされてきました)

 

『職人さんは固定で雇うもんやない』と、日本人の間で勝手に作りあげといて、それで今になって「後継者がいいひん」とか言い始めて。本当にきちんとしようとしたら組織で仕組みを拵えなあかん。そうやって次に繋げなあかん。
扇子の組合でも、身分保障の問題に取り組んだり、新しい意匠ができた時には登録とかもするとかして、自分たちの産業を継続させるためのことを考えていかな駄目でしょうね。

 

以前の投稿記事でも、商部(卸・小売)と工部(職人)の複雑な関係をご紹介しました。また、私自身も職人さんとの間の「壁」を幾度も感じてきました。長い歴史と産業構造が生み出してきた大きな課題が横たわっているため、きっと大きな舵を切れないまま、ここまで来てしまったことは容易に想像がつきます。


また、分業体制で扇子産業に携わる職人の方々の高齢化と、先細りの世代交代が進む昨今、技術の継承もビジネスの継承も危機的な状況に置かれていることは依然として変わりないと思われます。このような大きな課題に取り組むことは扇子産業にとってこの数年間が最後のチャンスかもしれませんし、正に今こそが、しがらみのあまりない若い世代が一丸となって、伝統産業がずっと抱え込んできた旧来の不可侵課題に着手し、本気で取り組むべきタイミングなのかもしれません。

 

今、目の前にいる彼女が真摯に取り組まれて解決に導いていくヴィジョンが私にはイメージできましたが、彼女だけではなく、一人、もう一人と若い人が加わって、取り組んで頂ける近未来が実現することを願います。
そして、扇子以外の他産業との関係も考慮した一つの「産業共生体」として新たな互恵関係を構築し、永きに渡って共存できるような未来を目指されることを心より願います。


非力ながら、門外漢である私も、お役にたてる部分で協力していきたいと思います。

 

 

危機を訴えることから生まれた新たなる希望

 

私たちのプロジェクトをご覧になって「悔しい」と感じて自問自答され、家業を継ぐ決断をされた◆◆◆さん。
彼女が一体どのようにお感じになられてご意志を固められたのか、そのお想いの全てを私は知ることができません。

しかし、READYFOR?で皆様と一緒に取り組ませて頂いた私たちのプロジェクトが一つのきっかけとなって一人の若者の心を動かし、ご家業のために、そして産業の維持発展のために素晴らしいヴィジョンを実現しようと動き始められていることは紛れもない事実であります。

 

この事実を前に、私はこう思います。


「扇子産業に新たな希望をもたらすきっかけを、生み出すことができたかもしれない」と。

 

私たちのREADYFOR?での取り組みがきっかけとなって、彼女のようなヴィジョンを持つ若者が扇子業界に現れ、これからその具現化に向けて取り組まれる…。なんて素敵なお話なのでしょうか!声を大にしてお伝えしますが、これはフィクションではなく、よくある仕込みなんかでもなく、正真正銘の現在進行形のお話なのです!(笑)


彼女は扇子の生業を通して芸事や伝統文化を発信してきた先人の想いを受け継ぎながら、若い感性と行動力でこれから新しい時代をリードしていくことでしょう。

 

インタビューの最後に、少しはにかみながら彼女はこう言いました。

 

『今の自分は、なんでもできるような気がします(笑)』

 

私は、この言葉にとてもワクワクしました。決して無根拠な自信に基づくものには思えませんでした。

 

ご自身でやるべきことが事細かに見えている、または自分がやるべきことを次々に見出せる時の心理でいらっしゃるのだと直感し、「ああ、自分もこのような心境や思いで何事にも取り組んでいきたい」そう思いました。

 

「できる」と本気で思い込むことは、時に自分に素晴らしい力を与えてくれます。

私自身、本プロジェクトでこの思い込みに幾度も救われました。

 

また、「できる」という思いは伝播します。「あの人ができると言っているんだから、きっとできるはず」と思う人が出てきます。

 

できると思い込む人が一人でも多く集まれば、不可能だと思われることもできるようになる可能性が高まります。かはほりあふぎづくりでも沢山の困難にぶち当りましたが、関わってくださった多くの方々の「できる」「やれる」という真っ直ぐな思いが、色々な理由をつけて「無理かも」と思ってしまう自分の考え方を変え、その次に行動を変え、そして周りの方々を巻き込み、いくつもの事態を好転させてくれました。

 

近未来を具現化していくこの「チカラ」を、私たちは決して侮ることはできません。

 

扇子産業を100年後も続けられるという思いに感応する人々が集まれば、そのようなことも不可能ではなくなるのではないでしょうか。
私は、そのような未来を切望しますし、きっとできると思いますので、これからも継続していきたいと思います。

 

一人のサラリーマンが身の程をわきまえずに(笑)、世界初のデザイン京扇子の実現を目指して奔走し、扇子産業の危機を訴えました「第一段階のお話」はこれにておしまいです。

 

ご支援いただいた94名の皆さまと、応援いただいた沢山の方々に、改めてお伝えしたいと思います。


「皆さまと共に扇子について考える機会をいただき、かはほりあふぎを創るというとても幸せな時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました」

 

これまで、サラリーマンである自分の(ともすれば突飛に見える)行動が、
どこかの誰かに受け入れて頂いているのかと自問自答する日々が幾度もありましたが(苦笑)、お陰さまで、決して私のカラ回りではないのだと実感することができました。

 

続きのお話をお伝えできるタイミングは、今はまだわかりませんが、ご支援くださった皆様には必ずご案内させていただきたいと考えております。(中西潤吉さんと新しい取り組みを始めたいですし、かはほりあふぎもあと少しだけご提供できるようにしたいと考えております。いつの日か動きがありましたら、またご案内させて下さい)

 

気がつけば、私が初めてREADYFOR?にコンタクトを取らせて頂いてから間もなく丸1年となります。時が経つのは本当に早いですね。

 

皆さま、長い間、応援いただきまして、ありがとうございました!

また、インターネットで見つけられた私の様な見ず知らずの人間のことを、信じて下さいまして、本当に、本当に有難うございました。

この素晴らしいご縁に、心より感謝申し上げます。私にとって何ものにも代え難い心強い宝物です!

 

またいつかどこかで、お目にかかれる日を楽しみにお待ちしております。

 

百年後も京都で扇子が作られますように…

 

ありがとうございました。

 

乙井一貴

 

「サラリーマンが挑む世界初の京扇子作り!国産扇子の危機を訴えたい!」 <完>

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