くろがね四起初期型の内装を初めて見たときは、「木骨ボディーかな?」

と思いました。

1930年代の自動車は欧米でも普通に木製の骨組みに、鉄板を貼り付けた仕

様が普通でした。飛行機がそうであったように、1930年後半から40年代初

頭に掛けて金属骨組みに金属の板を貼り付ける全金属モノコック構造と呼ば

れる大量生産と軽量化を狙った方式に代わって行きます。

軍用自動車では、アメリカのジープやドイツのキューベルワーゲンなどが代

表例ですね。

しかし上の写真をよくよく見ますと、木製の部材は強度が必要な骨組み部分

に使われいません。

現状でも、木部に釘が残っていて、釘の回りには内張りの残滓と思われる繊

維が確認できます。プラスチックなどという便利な成型材料がなかった当時

は、内張りは皮や布であったはずで、それを留めるために受け部として木製

の枠がボディー内側各所に見えると言うのが正解のようです。

 

そのような視点で、こちらの日本内燃機株式会社の記録写真を見ると・・・

我々が見慣れた米軍のジープやドイツ軍のキューベルワーゲンには無い、ド

アの内張りが確認できます。この個体は初期型ロードスター型の中でも最初

期の1937年から1938年に生産されたものです。

今回修復プロジェクトに取り組む、我々の車両やモスクワの現存車両はこの

次の生産ロット(1938年から1939年)ですから、内装はもっと簡略化されて

いたと想像されます。しかし、明らかに内張りの存在が確認できます。

 

内張り等の内装に加え、もう一つ頭の痛い問題は、リヤシートの形状です。

初期型の側面透視図に、リヤシートの上部背もたれ部分が描かれているので、

運転席&助手席とは形状も違うパイプフレームの椅子だったことは判明して

います。また、当時の証言から将校が乗る機会が多いため、リヤシート左右

にはアームレストがあったということも定説となっています。

しかし、上記図面を見てもアームレストは確認できません。

 

絶版となっているピットロード社の1/35スケール模型や、タミヤの1/48スケ

ール模型でも、リヤシートの再現には苦労の跡が偲ばれます。限られた資料

に基いて、アームレスト付きのリアシートとなっています。

 

そんな折に、十数年前に軍用自動車研究家の大塚康生さんから、四輪駆動車

研究家の影山夙さんに送られたというアメリカの未再生くろがね四起後期型

の写真を観察して発見がありました。

 

そもそも初期型と後期型ではボディ形状が全く違うので、資料の分析は後回

しとなっていました。今回内張りの件が気になって30枚の写真を見てみると、

この個体は後期型と言っても定員3人の車体なので、前期型に内部配置は似て

居ます。

 

内張りの色は、カラー写真ですから小豆色というか、チョコレート色になっ

ております。当初は未再生ではなく、戦後張り替えられたモノと想像してい

ましたが、横浜日本内燃機の駒井元工場長の「内装は茶色でした」という証

言からオリジナルと断定です。

こちらが今回のお題である、リヤシートの写真。

初期型はパイプフレームのもっと簡単な構造だったようですが、後期型では

前席同様にしっかりした椅子に改めらています。このような初期型の内装写

真が出てくれば、問題は解決するのですが・・・どなたかアルバムに眠って

いませんかね?初期型くろがね四起の内装写真が!!

さて、気を取り直して発見のお話です!

この写真、アームレストが見当たらないと思ったら、リアシート左右の木製

道具箱?の蓋に取り付けされているようです(赤丸部分)。

これにはビックリです!

初期型も同様な造りのアームレストだったのでしょうか?そのような視点で

前述の側面透視図面を観察すると、リアシート下部に丁度同じ大きさの四角

い「何か」が描かれています!今まで、この四角い「何か」が邪魔してリア

シート下部の形状が不明だったわけですが、どうやら初期型のリヤシートの

アームレストも同様の形状だったと判断できました。

なぜなら、ご覧の写真を見ての通り、モスクワの初期型のリアシートにはア

ームレストが無いのですが、両側の木製道具箱が失われており修復時に再現

されなかったからアームレストも無いということで、辻褄が合うからです。

 

推理小説のようですが、このように関係ないと思われていた資料から、一つ

の仮説を立て検証し、結論を導いていく作業がレストアの大変さでもあり、

醍醐味でもあります。

 

実行者:小林 雅彦

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