自分の内面を語ってる表情って美しいなぁ。

試写を見てから、フライヤーのデザインをしているせいか、レイアウトする写真を見ながらこんなことを感じていました。

 

写真は別撮りではなく、監督自身が映像より切り出したショットです。

ただ配置していくだけでも凄く力を持っていて、思い出しては少しうるっときたりしてました。

 

映画「私はワタシ」だけを観ても、“性と考え方”は登場する方々の数だけ知ることになります。

 

それは、人の数だけ“性と考え方”があるということで、それは人を考えることになり、さらに自分を考えることへとつながってゆくのだなぁと思いました。

 

記憶を遡れば、小学生の始まりから、男の子は黒色、女の子は赤色のランドセルと決まってて、例え自分が赤色が好きであったとしても、黒色しか持てない空気が存在してたように思います。

 

この頃からざっくりと、誰かの決めた男女という境界が普通として始まっていたんですね。

 

LGBT・多様性といった言葉がなかった時代でもありますが、つまり私は、子供のころから何も知らない状態で普通認識が定着したまま、ある一定期間を過ごしていたことになります。

 

今思えば、知らず知らずに誰かを傷つけていたかもしれません。

“知らないこと”を“知る”には、それを知ってる人の存在が重要です。

まずはいろんな人に映画を知っていただき、気づいてほしいと思います。

 

そして備えてほしいと願うのです。

より多くの人がきっかけに気づけるように。

 

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photo by toboji

 

映画「私はワタシ over the rainbow」のフライヤーもデザインしています!

 

 

プライド・デザイン

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