格差を無くしたい・・

そういう思いは随分前から抱えてきました。

 

2009年には文芸誌とは異例の一万部以上売れた、雑誌「ロスジェネ」の編集委員として当時話題になった”非正規雇用””ネットカフェ難民”の問題を取材しました。

 

 

私自身は一度も就職せず、アーティストを21歳から続けて生活をしてきて、二人の娘も育て不安定な暮らしをしてきました。

周りにも非正規雇用の人が多いな、と感じながら、生きてきました。

 

私はもともとアート志望の東京芸大中退の人間なのですが、アート界なら、わかるんです。リスクがあっても表現を目指す人がある程度不安定でも、自己責任です。でも、そうじゃない硬いと言われる業界で働く人たちが壊れていくことが皮膚感覚で感じられた。なんだか不安定だな、と思う人の割合がどんどんと増えていきました。それは私の思い違いだけではなく、現実の数字として実際に、増えていました。

以前はいた、”普通の大人”が減っていっていると思います。

●約束した当日に、交通費がなく現場に来れない40歳とか

●不安定な状況で恋愛詐欺にあって心を壊す方とか

●ママ友達が普通にお茶しながら「うちは大学は無理だな〜」って軽い感じで話す、

この国、何かが本当に壊れてるな、って感じてきました。

一人一人の状況を聞いていくと、三人に一人が無貯金どころか、数百万円の借金

を抱えている人がゴロゴロいるんですよね。なんと大学生の二人に一人が平均300万円の借金を抱えている。

 

振り返ると、私はずっと不安定な友人たちに支えられてきました。

なんだか学生時代から数万円の絵を、月15万円や12万円ぐらいの収入がある方々が買い支えてくれていたんです。普通現代アートの世界というのは、もっと大企業の方の方向を向いて、企業に都合の悪いことはなるべくぼかして〜という形が多いのですが、私はいつも無数の名もなき庶民の皆さんに具体的に経済的に支えてもらってきたので、フラットに、表現ができた、と思います。

うまく言葉にできないのですが、今まで絵や映像、アート活動や取材活動をサポートしてくれてきたお一人お一人に感謝をしていて、ある意味家族みたいに思っています。

 

そして、そういう方々がどうすればもっと幸せになれるんだろう、不安定な状況から苦しみから逃れられるんだろう、そう問い続け、自分なりの活動を続けてきました。

 

2008年には、新宿紀伊国屋書店で、増山れなフェアを開催していただき、そこに絵画の連作「ミルトン・フリードマンシリーズ」を展示しました。

ミルトン・フリードマンとは、新自由主義の発案者の一人で、ベーシックインカムを発案した一人でもあります。新自由主義というと、非正規雇用や格差を生み出すものと思われていますが、源流には全ての人に等しく生きる権利を目指していた思想でもあったんですね。

 

この絵で描いた「新自由主義後の世界 水が流れるように生きていたいの」という世界と、今映画で描こうとする世界はリンクしています。

肩の力を抜いて、自然の速度で、生きていきたい。女性としてのいきにくさを表現した作品です。

 

格差をなくしたい、と考える私は、アートや映像だけではなく、2016には参議院選挙にもチャレンジしました。

一番に訴えたのは「奨学金」大学生の二人に一人が300万円以上の借金を背負わなければならないなんておかしいよ!ってことです。

ロシアでは、大学生の学費が無料なんだそうです

この時は、社民党の公認として出馬しましたが、先日、私は離党しました。

映画に集中したい!と思ったことが大きな理由ですが、

 

選挙で金融政策について喋れなかったことも理由の一つです。

 

実際に格差を無くしていくためには、生活するため、消費をするため、結婚をするため、子供を産むため、企業するために十分なお金を庶民が持つ必要があるのに、政府が行う政策は銀行の当座預金にお金を流すだけ。

現政権が行っている量的緩和政策は、実際は銀行の当座預金に社会に流れない「死んだお金」を貯め込ませているだけなんです。

 

「じゃあ、お金を直接庶民に配ればいいじゃないか!」

 

そう考え調べていくと、イギリス労働党のコービン党首が訴える「国民のためのプロジェクトに直接お金を支払おう」という”国民のための量的緩和”政策を実行していることを知りました。この事例について社民党の党首と対談した時にアイデアとして出しましたが、該当発言は全てカットされました。

カットの理由は「日銀法改正の際に、全ての野党も賛同したので、今更日銀政策に国会が口を出すわけにはいかない」というものでした。

 

私は、とてもがっかりしました。だって本当に格差をなくしたいなら、死ぬ気でそのための方法を探すと思うのですが、

政治として「触れていいところと触れてはいけないところ」をあらかじめ決めて触れていいところだけでその中で与党と野党が戦っている。

それじゃあ一番変えなければならない部分から目をそらすための劇場型プロレスじゃないか。

 

もちろん、共謀罪も、安保法制も私は、反対しているのですが、議題が国会で審議され、デモが行われる頃にはもう誰かが道筋を決めてしまっていることに、脱力感を覚える時があります。

 

だから、これから重要になってくる課題である、金融政策や、ベーシックインカムを一から、映画という形にして、社会に一石を投じたい。

 

無意識に働きかける映画 

新しい生き方を社会全体で考えていく映画に育てたいと思っています。

 

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