プロジェクト概要

70年の時を経て、大戦中の日本兵が身に着けていた

「寄せ書き日の丸」を残された家族の元へと返したい。

 

私達は、米国オレゴン州アストリアを拠点として 「寄せ書き日の丸」の返還プロジェクトに取り組んでおります レックス&敬子 ジーク と申します。

まず始めに、このページをご覧いただく皆様とのご縁に感謝申し上げます。

 

「寄せ書き日の丸」とは、武運長久を祈り、愛する一人一人が心を込めて直筆で署名やメッセージを書き込み、出征する兵士へ託した日章旗です。

今でも世界中に存在している「寄せ書き日の丸」返還依頼の応対、保管・管理捜索をし、日本のご遺族へ返還するまでの工程を無償で行うための費用150万円が不足しております。

 

2015年2月〜8月31日までの期間中の日章旗の保管枚数を40枚、ご遺族への返還は5枚以上行い、累計で、2015年8月15日までに 日章旗保管数を100枚、ご遺族への返還数を40枚を行います!私達の活動に、ご支援・ご協力をお願い致します!

 

(無数に現存している捜索中「寄せ書き日の丸」の一例)

 

ある日突然訪れた奇跡の体験

 

私(敬子)の祖父はビルマ(現ミャンマー)で戦死した未帰還兵でした。私の母は自分の父親の記憶もなく育ちましたが戦後62年が経過したある日、祖父の「寄せ書き日の丸」が家族へ返還されました。

 

突然の出来事に驚愕したものの家族中が感激しました。母は『おじいちゃんが長い年月を掛けて家族に会いたい一心で帰ってきはったんやわ』と涙ながらに何度も言いました。家族全員、祖父の強い魂が奇跡を起こしたと思いました。

 

(旧日本兵が出征前に撮影された写真)

 

真実の発見

 

私は縁があって出会った主人(レックス)に奇跡の話をしました。歴史家である主人は、どのような経緯で返還されたのか調査をしました。

 

戦場から戦利品を持ち帰る習慣は、太古から日常的に行われていました。

先の大戦で戦死された日本兵の全員が身につけていた「寄せ書き日の丸」は、連合軍兵士の中で最も人気があり、何万枚以上に及ぶ数が持ち去られていたのです。それが世界中に現存している事実を発見したのです!

 

(無数の「寄せ書き日の丸」が戦場から持ち去られました)

 

こうした経緯で「寄せ書き日の丸」返還プロジェクト

「OBON 2015」が誕生しました。

 

祖父の「寄せ書き日の丸」返還をキッカケに真実を発見してから、現存している「寄せ書き日の丸」をご遺族へ返還できればという気持ちに変わりました。戦後70年目「2015年」のご先祖様の魂が故郷へ帰られる「お盆」を目標に、少しでも多く返還できるようにという祈りを込めて「OBON 2015」が、2009年に誕生しました。

 

(OBON 2015:「寄せ書き日の丸」の真実(5分間))

 

240万人余り戦死された日本兵の約半数が

未帰還兵で遺骨も遺品も戻りませんでした。

 

残された家族にとっての悲しみは計り知れず、心の中にできた空洞を埋める事はできませんでした。日本には多くのご遺族がいらっしゃいます。何十年という年月が過ぎても家族は決して忘れることはありません。唯一、地上に残された「寄せ書き日の丸」の返還は、ご遺族にとって戦死された兵士が家族に会うために帰ってこられたと思われるのです。

 

出征直前、生後一ヶ月の時にお父さんに抱かれた会川洋さんは、お父さんの記憶はありません。その7ヶ月後にサイパンで戦死されたお父さんは遺骨も遺品も戻りませんでした。69年ぶりに返還された「寄せ書き日の丸」を手にした洋さんは『初めて自分の記憶の中で父を実感しています』と言われました。

 

(會川登美男さん(父親)に抱かれているのは生後一ヶ月の会川洋さん)

 

(69年ぶりに父親の遺品を初めて手にされた会川洋さんご夫妻)

 

(70年前、出征時に見送った兄の遺品と再会された塚島久雄さんご夫妻)

 

「寄せ書き日の丸」の提供者にとって

 

当時、戦利品として持ち帰った元兵士は高齢で多くの方が他界されています。

「寄せ書き日の丸」を譲り受けて意味を知った人は、ご遺族へ返還したいと言われます。『自分が逆の立場なら、是非返還してもらいたいと思うから』と。

 

元米兵であった父親が戦地から持ち帰られた「寄せ書き日の丸」を譲り受けた息子のトム・モーレンさんは、日本のご遺族へ返還することを切望されて OBON 2015 に託されました。多くの協力者の誠意と、モーレンさんの念願が叶い 2014年12月、無事に愛知県のご遺族へ返還されました。

 

(「寄せ書き日の丸」をご遺族へ返還されたモーレンさんファミリー)

 

下記は、OBON 2015 へ届くお問い合わせの一部紹介と日本語訳です。

" I now have a Yosegaki Hinomaru that was in my father’s possession that I found when he passed away in 2013.  It is silk. Based on my father’s service record, I believe he may have obtained the flag between September 1945 and December 1945 in the Philippine Islands. I would like to see if it is possible to locate his family with the express purpose of returning it to them. Very truly yours, Axxxx Lxxxx "

( 私は現在、2013年に亡くなった父が持っていた絹製の寄せ書き日の丸を所持しています。父の記録によると、この旗はおそらく1945年9月から12月ごろにかけてフィリピン諸島で手にしたと思われます。もし可能であれば、ご遺族にぜひともこの旗を返還させていただきたいと思います )

 

" I would deeply appreciate any assistance you can provide regarding a Japanese flag that I have from WWII.  My intent is to learn the name of the Japanese soldier and return it to his family. This is personally very important to me so I may return the flag to his family. Most Sincerely, Lxxxx Exxxx "

( 私が第二次世界大戦より持っている日本の旗について何か情報をお教え頂けましたら大変有難く思います。書かれている日本人兵隊さんのお名前が判明し遺族の元にお届けする事が出来れば、というのが私の思いです。私個人的にとても大切な事と思っていますので、この旗をご遺族に返還したく思います)

 

今年は終戦から70年目となります。

今こそが最後の機会なのではないかと考えています。

 

取り組みを知られたキャロライン・ケネディ米国大使は、手紙の中で

OBON 2015は、ケネディ元大統領の和解と友好の精神を引き継ぎ、実行に移されています』と推奨されています。戦利品として持ち帰られた「寄せ書き日の丸」の所有者が70年の時を経て、日本のご遺族へ返還される。これは、まさに国境を越えた「和解と友好、平和」の象徴です。

その奇跡の橋渡し役が、OBON 2015の使命であると思っています。

 

どうか皆様のお力を下さい。一人一人の誠意が集まれば大きな力となって、

日本と世界を変えていけるという事を、私達は確信しています。

 

(「寄せ書き日の丸」とレックス&敬子 ジーク)

 

 

引換券について

 

・レックス&敬子 ジークから御礼のEメール

 

・飛騨護国神社の御神前で氏名の奉告(任意)

 

(飛騨護国神社の田中 宏 宮司様)

 

・遊就館 招待券:

 (遊就館の入口受付で提示し、当日入館チケットと無料で交換できます。

  2015年は常設展示に加え、終戦七十年特別企画「英霊に贈る手紙」

  並びに「大東亜戦争七十年展最終章」も開催中です)

 

・OBON 2015 次号ニュースレターで氏名の掲載(任意)


・OBON 2015 ニュースレターを毎月送付 (Eメール)

 (日本語と英語で記載した月刊のニュースレターです。

  OBON 2015 の活動内容や最新情報などをお届けいたします)

 

・OBON 2015 ウェブサイトで氏名の掲載(任意)

 

・OBON 2015 が計画準備中の「寄せ書き日の丸」展示会イベント舞台裏の計画書、プラスそのイメージ画像や写真などを印刷した公開前情報を郵送でお届けします。
 

<OBON 2015 ウェブサイト>

http://OBON2015.com

 

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