ドキュメンタリーで福島に生きる人達と「津波の記憶」を伝えたい

ドキュメンタリーで福島に生きる人達と「津波の記憶」を伝えたい

支援総額

2,360,000

目標金額 1,200,000円

支援者
152人
募集終了日
2015年12月8日

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2016年08月25日 23:19

【福島をみつめる活動日記3】大熊 ”奇跡” のひまわり/前編

【福島をみつめる活動日記3/福島滞在2016.7.29.〜7.30.



《「帰還困難区域」大熊 ”奇跡”のひまわり前編 



 福島第一原発が立地する、福島県大熊町。ここは、原発から南に約3kmの熊川地区です。毎年秋には鮭が遡上し、冬には白鳥も飛来する、豊かな自然に恵まれた美しい地区です。



 



   



(写真/大熊町の海岸と福島第一原発)    (写真/飛来した白鳥) 



そして、爽やかな風が吹き抜ける丘の上からは、美しい水平線を臨むことが出来ます。



 



   



 現在は、原発事故による放射能の影響で「帰還困難区域」となり、見渡す限り雑草が生い茂る、変わり果てた姿となっています。



その一角に、この夏、咲いたひまわり畑 —— 。



 



         



          (写真/太陽に向かって咲くヒマワリ)



 



制作中の「福島の津波を伝える長編ドキュメンタリー」の舞台の一つにもなる、この地区。今回は、その現状を少しだけ、お伝えしたいと思います。



 



〜生き方を模索する、「深山の雪」〜



 大熊町の住民の木村紀夫(きむら・のりお)さん(50歳)。私自身が、初めて詳しくお話を伺ったのは、いまから2年以上前のことです。震災後の避難生活を経て、長野県白馬村に移住していた木村さんを訪ねました。震災当時は小学4年生だった長女・舞雪(まゆ)ちゃんとの二人暮しです。



白馬での木村さんは「持続可能な生き方」を模索する場として「深山の雪」という、自宅を兼ねた活動拠点を作りました。



 



   



(写真/白馬にある「深山の雪」、作業する木村紀夫さん 2014年撮影)



 



—「福島の現状にも触れながら、いかに人らしく、これからを生きていけるか?」



木村さんが目指すのは、震災・原発事故後の “いまを生きる” 者として、便利すぎる世の中に疑問を投げかけること。



「なぜ、原発は存在し続けているのか?それは、電気を使う消費者がいるからだ。」そう考えた結果、“電気なしには成り立たない”いまの生活を見直そうと活動を始めました。



 



〜伝えられなかった津波、伝えたい教訓〜



—「”一緒に闘うべ”って言えないんです。大熊町では。」



私が最初に白馬を尋ねた頃、そう打ち明けてくださった木村さん。当時は、大熊町の他の町民とは違う“ある事情”を抱えながら、一人悩んでいました。



それは、津波で家族を亡くした遺族であるということです。震災前の人口が1万1500人あまりの大熊町で、津波の犠牲になった方は11人。



木村さんは、父親の王太朗(わたろう)さん(享年77)と妻の深雪(みゆき)さん(享年37)を亡くしていました。そして町で唯一の、津波による行方不明者となったのが、木村さんの次女・汐凪(ゆうな)ちゃん(当時7歳)でした。



 



   



  (写真/3人の捜索チラシ、汐凪ちゃんのために大熊町で花を供える)



 



 大熊町の沿岸部・熊川地区をのみ込んだ、大津波。震災当日の夕方になって、ようやく自宅に戻った時、木村さんが目にしたのは、跡形もなく流された自宅の惨状でした。そして、家族3人の姿がないと分かったのです。



木村さんは言います。



「汐凪は、津波のことを教えていれば、絶対家に帰っちゃダメだって言える子だったのに。」



どうして、汐凪ちゃんに津波の恐ろしさを教えておかなかったのかと、後悔し続けているといいます。



 



      



           (写真/木村さんの自宅跡 大熊町熊川地区)



 



      



               (写真/福島第一原発の排気塔)



 



 津波の翌日には、福島第一原発1号機が爆発し、避難を余儀なくされました。



この時は、父も妻も次女も、全員が行方不明の状態でした。



まずは、無事だった長女と母親の二人を県外に避難させること。その後、木村さんは福島県内の避難所を回り、3人の行方を捜したといいます。



しかし、放射線量が高い大熊町には入りませんでした。理由は、自分の車が出入りすることによって、放射能を外へ持ち出すことを心配したからです。



 



「いまでも後悔っていうか、心にわだかまりが残ったままなんですね。」



避難指示が出された町で、家族の捜索をあきらめる他なかった時の、やりきれない想いがあります。そして、その状況を招いた原発事故への憤りがあるのです。



しかし、そうした津波被災者の状況は、原発事故の報道にかき消され、中々伝わることはありませんでした。



 



      



       (写真/長野県白馬村にて 愛犬の散歩をする木村さん)



 



 そんな体験をした木村さん。せめて教訓として、自分たちの犠牲を生かして貰いたい。そう考え、全国各地で年に数回の講演を行い、体験を話すようになりました。特に若い世代には、「震災後の社会を変えて欲しい」との願いを込めて、辛い経験を言葉にしています。



 



      



       (写真/福島県いわき市での講演会 2015年10月)



 



私自身も、これまでに名古屋、福島、佐世保、山梨など各地の講演会でご一緒させていただきました。決して、器用ではない木村さんが、ひとつ一つ言葉を選びながら、噛みしめるように伝える姿は、多くの人の心に響いています。



 



 そんな木村さんは現在、国から許可される年間30回、一回につき5時間という一時帰宅の機会を利用して、大熊町で汐凪ちゃんの捜索を続けています。



現実は非常に過酷です。相変わらず放射線量は高く、熊川地区では、津波に見舞われた家屋が5年以上もの間風雨にさらされ、一面雑草に覆われた町が広がっています。



しかし、木村さんは言います。



「いまは、ホントに行くのが楽しいんですよね。」



 



     



少しだけ、いたずらっぽく笑いながら、“楽しい”と話す木村さんの笑顔。



震災で家族を亡くし、孤独を抱えていた心に、変化をもたらしたものとはー。



【後半へ、つづく】



 


リターン

3,000


【最新の取材情報お届けコース】

【最新の取材情報お届けコース】

・お礼メール
・最新の福島取材と制作状況の情報提供

支援者
62人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2016年1月

10,000


【上映会へご招待コース】

【上映会へご招待コース】

3000円の引換券に加え
・上映会へのペア招待状
・「福島の津波」を伝えるメッセージカード

支援者
50人
在庫数
12
発送完了予定月
2016年1月

30,000


【DVDお届けコース】

【DVDお届けコース】

10,000円の引換券に加え
・エンドロールへの名前掲載
・完成したドキュメンタリーDVD
・福島の復興支援団体「福興浜団」タオル

支援者
19人
在庫数
-5
発送完了予定月
2016年5月

30,000


【菜種油お届けコース】

【菜種油お届けコース】

1万円の引換券に加え
・エンドロールの名前掲載
・完成したドキュメンタリーDVD
・福島県南相馬の菜の花畑生まれ、菜種油『油菜ちゃん』270g

支援者
17人
在庫数
2
発送完了予定月
2016年5月

30,000


【11月27日 追加コース!】

【11月27日 追加コース!】

1万円の引換券に加え
・エンドロールの名前掲載
・完成したドキュメンタリーDVD
・福島県南相馬の菜の花畑生まれ、マヨネーズ『油菜ちゃんマヨ』170g入り、1個

支援者
1人
在庫数
19
発送完了予定月
2016年5月

100,000


【あなたの街で上映会コース】

【あなたの街で上映会コース】

30,000円の引換券に加え
・完成したドキュメンタリーの上映会開催権
・福島の復興支援団体「福興浜団」Tシャツ

支援者
4人
在庫数
1
発送完了予定月
2016年5月

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