何かをやってみたいけど…どうしようかなぁ、と迷った時には、小野寺愛さんの顔を思い浮かべるようにしています。「いいねー!やりたいねー!ってかやりなよ~。やろうやろう!」という笑顔の愛さんの声が頭の中にこだまして、「よし!」って思えるから。

 

今回勇気を出して、愛さんに応援文を頼みました。子どもたちと、自然の中で、体にも心にもやさしい環境と食べ物をつくりながら暮らしている愛さんは、核兵器をめぐる現状をどのような言葉で語ってくれるのだろうか。

 

核兵器の話は難しい。でも、難しいからと思わずに、子どもたちと一緒に考えたい話だと思っています。なぜなら核兵器を考えることは未来をつくることだから。私も愛さんと同じく「平和は子どもからはじまる」と信じています。そして、すべての大人が「私の子どもから私たちの子どもたちへ」と発想と行動を転換することがこれからの社会のために大切だと思うのも同じです。

 

お子さんがいる方も、いない方も、愛さんの書いた「10歳の桃ちゃんへのお手紙」を読んでください。

 

(畠山澄子)

 

++++++++++

 

10歳の桃へ

 

ママがピースボートの船に乗って、世界中を旅していたこと、知っているよね。世界は広くて、美しくて、どの土地にも人の暮らしがあった。

 

ある時ね、戦争を続けているイスラエルとパレスチナから、21歳の女の子と、23歳の男の子が船に乗ってきた。パレスチナ人の男の子は、自分のおじさんをイスラエル軍に殺されたこともあってね、最初二人はケンカばかりしていたよ。

 

でも、日本の人もみんな一緒に、船で1ヶ月過ごすうちに、彼はこう言った。

 

「僕は勘違いをしていた。戦争しているのは、国と国だった。人と人じゃない。人間同士は出会えば必ず、こうして理解し合うことができる」

 

最初はお互いのことが苦手だった二人が、船を降りる頃には「シャローム・サラーム」(ヘブライ語とアラビア語で「平和」)という歌を一緒に作って、歌っていた。帰国してからも、イスラエルとパレスチナ両方からの学生を国外に連れ出して、一緒に話し合う活動を始めたんだよ。

 

ピースボートは世界中に平和を届けてきました。


戦争をするのは、国と国。人と人じゃない。

 

ママもね、世界を旅していろんな国、いろんな文化の人との出会いを重ねるたびに、人が人に対して戦争を起こす理由なんてどこにもないって感じた。出会って、話して、一緒に時間を過ごせば必ず、共感が起こる。戦争なんてしたくなくなる。

 

それで、ピースボートでは、まずは核兵器を作るなんてもう「やーめた!」にしようって、世界中の人と、政治のリーダーに伝えようと決めた。

 

日本は、世界でただ一つ、戦争で核爆弾が落とされた国なの。だから、広島と長崎でそれを体験した被爆者のおじいちゃんおばあちゃんと一緒に、世界中で、その時の体験を話す「証言会」をしているんだよ。

 

『チイちゃんのかげおくり』『火垂るの墓』『ひろしまのピカ』。 桃も読んだことあるよね。ママも読んで「知っているつもり」だった。

 

でも、本を読むだけじゃ、戦争のことや原爆のことを「ひとごと」でしか捉えていなかったこと、被爆者の皆さんと一緒に時間を過ごして教えてもらった。

 

出会って直接話を聞いて、初めてわかることばかりだった。

 

原爆で、溶けた黒い肉の塊になった4歳の男の子が、「お水をちょうだい」と言いながら目の前で亡くなった。親戚だったその子に何もできなかったと、泣く人。

 

妹の体にわくウジをとるお母さんの姿が、今も心に焼き付いて離れないという人。

 

そうやってお話してくれるおじいちゃんやおばあちゃんは、みんな、72年前、桃みたいな普通の小学生だったの。本を読むのが好きだったり、好きな人がいたり、走るのが大好きだったり。そんな、本当に普通の子どもたちが、ある日、原爆の投下で、突然たくさん亡くなったんだよ。

 

生き残った人の中にも、原爆が落とされて何十年も経ってから、放射能の影響で病気になり、身体が痛くて今も苦しんでいる人がいる。大人になって好きな人ができて、「結婚しよう」と家族に挨拶に行ったら「被爆者とは結婚させられない」と言われた人もいる。

 

2016年の船内イベントで証言をする長崎の被爆者・横山照子さん。

 

ママはね、桃が元気に学校に通って、大人になって、好きな仕事を見つけて、誰かと結婚して、家族を持って、幸せに生きて欲しいと思ってる。桃だけじゃなくて、世界中の子どもがみんなそうだったらいいなと思う。

 

けれど、戦争が起こると、それができなくなる。

 

とくに、今の時代に開発されている強力な核兵器が使われたら、たった1日で世界中の命をなくすことだってできる。そんなこと、あったら悲しすぎる。やっぱり、世界中のリーダーに「核兵器はやめよう」って、決めて欲しいなとママは思うよ。

 

そう思った人たちがそれぞれに頑張って、去年の夏、いい動きがあった。戦争が終わってから72年経ってようやく、国連で「核兵器禁止条約」が採択されたの。つまり、初めて、世界中で「核兵器を作っても使ってもいけません」と法的に決めることができた。

 

そして、ここにたどり着くまでずーっと努力を続けてきた人たちのグループ「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」にノーベル平和賞が贈られた。テレビや新聞で、一緒に見たよね。

 

でも残念ながら、日本は、みんなで決めたこの取り決めには「参加しません」と言っているの。理由は、核兵器をすでに持っている国がみんな参加しなかったから。

 

どうしたらいいだろうね。

 

クラスの中に武器を持っている子がいた。「危ないから、武器は禁止にしよう」って、武器を持っていない子達が提案した。話し合って、いいねいいねとクラスの決まりになったけれど、武器を持っている子達は「そんなの知らねー」って無視している状態。

 

その武器で大怪我をしたことがある日本は「武器を持ってる子たちが入らないなら、意味ないから、僕も入らない」ってなっているというわけ。

 

どうしたらいいかな。

 

「意味ないから、入らない」で、いいのかな。

 

ママはこれからもずっと、日本中のみんなが、被爆者のおじいちゃんおばあちゃんたちに直接出会って、広島と長崎の話、そのあとの人生のことを聞く機会を増やしたいと思ってる。それを聞いて心を動かされた人たちが、政治家に話して、科学者に話して、「やっぱりみんなでやめよう」と言い続けることが大事だから。

 

でもね、被爆者のおじいちゃん、おばあちゃんの平均年齢はいま、81歳なの。原爆を体験した人の生の声が聞ける最後の世代が、桃たちなんだよ。

 

写真右が筆者。左が桃。

 

だから今こそ、と、ママの友達の澄子さんがいま、はじめたのがこのキャンペーン。

 

おじいちゃんおばあちゃんの生の声が聞けるうちに日本中で証言会を開く。そして、若者たちが被爆者の声を受け継いで、核兵器のない世界を目指せる「ピースガイド」になっていくための養成講座をする。いいでしょう?

 

「戦争なんてないほうがいい」って思っていない人はいない。でも、そんなの無理だっていう人はいる。無理だって言っちゃったら、そりゃ無理だよね。

 

戦争なんてないほうがいい。「だから、もうやめよう」って、当たり前のことをちゃんと声に出して、動ける大人でありたい。 ママは、できることなら、桃たちが大人になるまでに、核兵器のない世界を手渡したいよ。

 

このキャンペーンは小さな一歩かもしれない。けどね、一歩進むって、すごい勇気。その勇気に背中を押されて、もう一歩、もう一歩と進む人が他にたくさん出てきたら、そこから世界は変わっていくから。

 

日本中で証言会を開いて、若者の「ピースガイド」を育てるのに、来週までに150万円を集めているんだって。あと40万円か。

 

一緒に、応援してみようか。

 

(一般社団法人そっか共同代表、日本スローフード協会理事、Edible Schoolyard Japanアンバサダー、小野寺愛)

新着情報一覧へ