世界で一冊の手描き絵本『まる』を、沢山の人に読んでもらいたい

『まる』が生まれたのは、ある眠れない夜でした。

前の年（2018年）の10月に、私は所沢・国立障害者リハビリテーションセンターでのリハビリを終え、我が家に帰ってきました。帰宅したら、「手づくり絵本の会」の定例会にも顔を出したい。
ほぼ２年ぶりに、11月の定例会に参加することができました。会は来年６月の展覧会に向けて動き出していました。

12月、１月（2019年）と定例会が進むにつれて、講師のＯ先生に途中の進み具合を見てもらう方も増えていきます。その様子を何気なく見ていると、「今村さんも描いてる？」と言われました。ドキッ！
まだ何も描けていませんでしたが、何か描きたいとは思っていました。今しか描けないものがあるはずとの思いでいました。６月の展覧会までに完成させられるかどうかわからないけれど、挑戦する気になりました。
しかしひと月経っても、なんの着想も得られません。ある晩、夜中に目が覚めてぼんやり天井を眺めていた、そのときです。「あるところに、まるというネコがいました。……」と不意に言葉が口をついて出て来ました。私は慌ててベッドの背もたれを立てて、スマホのメモを開けて書き始めました。
「……まるはとってもしあわせでした」
そう最後まで一気に書き終えて、自分が一番驚きました。真っ暗な部屋で、しばし私はそのままの姿勢でぼーーっとしていました。

自由気ままなネコ、まる。飼い主にたっぷり可愛がられたしあわせな“まる”の上に、突然降りかかる出来事（あくまでも出来事。悪いことかもしれないけれど、そうでないかもしれない出来事）。
その出来事を、“まる”に魔法の水を神様がたまたまこぼしたように表現しました。それは偶然空から降ってきた。神様も“まる”を狙ったわけではない。今回の事故を自分なりに表現すると、そんな感じでした。
魔法の水により“まる”はいきなり木になります。怪我で自由を一切奪われた私を何かにたとえるなら、そうなりました。

飼い主の奥さんが探してすぐに“まる”とわかるには、自然界にない色で、柄である必要がある。ならピンク!?　そして水玉かなー。“まる”が動き出します。

すぐそばの花の匂いをかげなかった“まる”は、自転車仲間のＳさんが入院した病院にお見舞いに行けなかった私。

そして、真っ黒なページ。

物語が言葉となって出てくるとき、私は絵の構図も一緒に出てくるのだけれど、このページだけはどんなに考えても絵が浮かびませんでした。
叫ぶでもなし、ほんわかするわけもなし、静かに心の底から滲み出てくるようなこの気持ち。
どう表現したらいいのだろう。悩んだ末、私は最近できたばかりの千葉駅ペリエに入っている東急ハンズの文房具売り場に来ていました。
それならば、黒色のこの紙でいいのでは？　字はこの白い色の筆ペンで書けそうだ。頭の中で、少しずつ絵本が形になっていきます。私は黒色の画用紙と白色の筆ペンを買って帰りました。

視界がふっと広がるところは、私の好きなあの木々を見上げる構図にしよう。
私は、若い頃から日本画でもスケッチでも、木をテーマに描くことが多かったのです。木々のしなやかさはまるで人間の身体の線のようであり、時に女性の色気を感じさせ、時に男性の力強さを想わせました。
私の恩師のひとりであるＹ先生には、「あなたは木が好きなのね。あなたは木をテーマにずっと描いていくような気がする」と言われたことがありました。
だから、今回も私の永遠のテーマである木が自然と出てきたのでしょう。

「木になるということが、必ずしも不幸なことではない」
私はそう信じたかった。私は木が好きだったし、木々が集まる森を美しいと感じていた。
きっと“まる”が大きな大木になるころには、その答えが出るように思いました。

ピンクの水玉のネコだった“まる”も、すっかり生まれ変わって、木の“まる”になって、ピンクの水玉の柄は自然と消えてしまうのです。

最後のページの白い花は、私が自分の手づくり絵本の出版名（「こぶし アトリエ」）にもしている「こぶし」です。私は、春先に一番に咲く花で、枯れたようにみえる木々にチラチラと咲く「こぶし」がとても好きでした。この「こぶし」がたくさんの花を咲かせるころには、“まる”も私も木になった人生を全うするのではないか、そうなってほしいと願って、物語を締めくくっているのです。

６月の展覧会の日。私はカードに次のような「ひとこと」を添えて、『まる』を出品しました。
「脊髄損傷で四肢麻痺になってから、また絵本をつくれる日が来るとは……それもこんなに早く！　夢のようだ。この夢に協力してくれた、私の周りの人たちに感謝。ありがとう。
自分が経験したことでしか生まれない、でも、自分ひとりではなし得ることができなかった作品をとても尊く思う」。