正倉院文書の歴史の初回です。今回から正倉院文書の成り立ちについて、お伝えしていきたいと思います。

 

東大寺の正倉院には、聖武天皇や光明皇后にゆかりの品だけでなく、東大寺造営の役所(造東大寺司)が管理した文書や文房具なども残ります。天平期を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた奈良県奈良市の東大寺大仏殿の北西にある高床の大規模な校倉造倉庫です。平成9年には国宝、同10年には世界遺産にも登録されました。

 

正倉院は北倉、中倉、南倉の3つに分かれています。北倉には聖武天皇と光明皇后ゆかりの日常品(五絃琵琶など)、中倉は東大寺や造東大寺司が管理した品(黒作大刀や文書)、南倉は東大寺での儀式に使用した品(伎楽面など)、がそれぞれ収められていました。

 

現在は鉄筋コンクリートの東西新宝庫に収蔵されています。このうち正倉院文書は、正倉院中倉に保管されてきた奈良時代に関する豊富な情報を含む文書群で、主に東大寺写経所が作成した帳簿をいいます(狭義には合計667巻5冊)。

 

ここには、写経所での記録と、奈良時代の戸籍など当時の社会を知る貴重な情報が記されています。二系統の文書が同じ紙の表裏に記されているのは、戸籍などの行政文書の廃棄後に、これらの裏面を写経所で再利用したためです(次回に続く)。

 

 

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