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今回は、正倉院の歴史の7回目です。

 

大仏は天平勝宝元(七四九)年に完成し、同三年から大仏を覆う金堂の建設が開始されました。大仏は三ヵ年八ヵ度の鋳造を経たとあり、八段に分割して、下段から繰り返し鋳造されました。

 

鋳造にともなう水銀や鉛により周辺が汚染され、平城廃都の原因になったとの説もありますが、近年ではそれほど汚染されていなかったとの調査もなされています

 

同四年四月には、聖武太上天皇・孝謙天皇・光明皇太后が参詣し、大規模な開眼供養が行われましたが、大仏殿はまだ未完成でした。その後、金堂・回廊・中門から構成される大仏殿院を中心に、講堂・僧坊・食堂、戒壇院、鐘堂、東西七重塔が造られました。このように東大寺全体が形作られていきました。

 

次回からは正倉院文書のなりたちを紹介します。

 

 

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