プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

【2017年1月13日追記:目標金額達成致しました!】

 

皆様の温かいご支援のお陰で、49日で目標の100万円に到達することができました。
本当にありがとうございます。
 
プロジェクト期間を11日残している中で、次なる目標にチャレンジさせていただくことにいたしました。


支援金額が多いほどラオスの村々にオーダーできる布が増え、更に多くの人たちを笑顔にすることができます。


私たちはプロジェクト最終日まで挑戦を続けます。引き続きご支援をお願いいたします。 

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ラオスの村伝統の綿織物と日本の縫製技術を融合させ、シニア向けファッションブランドをつくりたい。

 

■ 村人たちの自立した生活とシニアの方の笑顔を同時にかなえます。

 

初めまして、株式会社オファーの松井久仁子です。私たちは1999年からラオスで、昔から受け継がれている伝統手法の手紡ぎ、自然染色、手織りでできた綿布のテキスタイルデザインを作り、村人たちに織ってもらい、日本国内で販売しています。

 

ラオスの国民は、3分の1以上が1日1.25ドル以下の収入で暮らしています。国自体は高度経済成長で潤ってきているものの、全ての国民がこの恩恵に与れるほどには至っていません。援助が無ければ、水問題を含めたインフラの整備ができず、学校、病院などの施設が少ないのが現状です。そこで「伝統を生かして新しい布を作れるよう、地元に産業を興そう!」と考え、テキスタイルデザイナーの父と染織作家の母が、村人達への技術指導や品質向上の管理を行い、私(松井久仁子)と私の夫(松井岩根)が国内販売を受け持つようになりました。

 

左から手紡ぎ、自然染色、手織り

 

今回は、ラオスの手紡ぎ、自然染色、手織りでできた綿布を使用して、シニア向けの上質ファッションブランドを作りたいと考えています。服のデザインは大阪のファッションデザイナー「さち國」に、縫製は技術の高い関西の工場にお願いします。両社ともオートクチュールを得意とする少人数の縫製工場です。しかし、服を作る布生地をラオスにオーダーするための費用が不足しています。

 

ご支援いただいた方へのリターンは年齢を問わず着用できる「fainoi」ファッションをご用意しています。日常のファッションの中で、ラオスへエールを送りませんか。

 

ラオスの伝統手法の手紡ぎ、自然染色、手織りでできた綿布からファッションブランドをつくる。

 

 

手探りで辿り着いたラオスの伝統織物

 

私がラオスの布に携わったのは両親がきっかけでした。商社を定年退職した父と染織作家の母が旅の中でラオスの伝統織物に出合いました。当時、識字率が低く、技術を継承する文献がなかったのですが、藍染めを始めとした自然染色を若いころに経験をしたお年寄りから、「昔はあの木で煮出して黄色を染めていた。あの実を発酵させて茶色を染めていた。」と根気強く聞き取って、染色実験を繰り返し多くの色彩を復元したのがこの事業の始まりです。

 

藍甕 

 

■ 自然が相手。「味がある」とひとまとめにはならず、日本の厳しい市場に最初はなかなか受け入れられませんでした。

 

1999年にこの事業を立ち上げて以来、主にアパレルメーカーへの生地の卸業務を中心にしてきましたが、全て自然の材料でできた生地を受注生産する事の難しさを痛感しました。手紡ぎ糸は紡ぐ人によっては太さが違い、自然染色は採取した樹木や季節によって色の違いが出ます。手織りをした時の生地の風合いもそれぞれ織る人によって異なります。

 

オールハンドメイドの布は同じものを作ることが大変困難です。2000年には一度ラオスに寒波がきたため藍がすべて死んでしまったといった事態にも見舞われたこともありました。出来上がったそれぞれの布はオーダーどおりの布でなくとも、クオリティーも布の風合いも申し分が無く、どれも貴重な生地だという事に気づかされました。

 

自然染色した糸を天日で干しています。photo by kuroda

 

 

■ 布を全て買い取る 「fainoi」というファッションブランドを立ち上げ

 

2013年からはオーダーを頂いてから生産する事をいっさい辞め、在庫した生地だけで販売することに方針転換をし、私たちは在庫用にデザインした布はオーダーどおりできなくても、布を全て買い取ることにしました。予想通り資金力不足なため、多くの在庫を持つことができず、大口の注文は受けることができません。注文が徐々に減り、ラオスの村々へ今まで通りの注文ができなくなりました。村の人々の暮らしを支えている事業なだけに、何とかしなければと思い必死でした。

 

そんな中、何とか自分たちで製品にして布を使わなければと言う思いから、2016年3月に「fainoi」というファッションブランドを立ち上げました。ターゲットは30~50歳の年齢層です。それを国際展示場のファッション展示会JWC-IFFに出展したところ、バイヤーから反響が良く、その上、シニア層の方々がおしゃれを楽しめる服を作ってほしいとの要望が多くあり、ラオスの村で作られた綿織物と日本の縫製技術を融合させたシニア向け上質ファッションブランドを作るという構想にいたりました。

 

ブランドfainoi

 

 

ラオスの村で生まれた綿織物と日本の縫製技術の融合!シニア向けファッションブランドを作ります。

 

■ 世界でも希少な手紡ぎ糸が織りなす伝統的技術

 

私たちがかかわるラオスの村々では、棉や藍を食用作物と共に自然農法で栽培します。栽培方法は村の立地によって異なり、洪水で肥沃になった川辺や焼き畑で開いた山の斜面などで伝統的な農業が営まれています。村の周辺には染色材料が豊富に採れる森や林が点在しており、葉や樹皮で糸を染めて、多くの鮮明で堅牢な色を得ることが出来ます。棉を手で紡いで糸にし、その上に追撚をかけます。

 

出来上がった糸の油分を取り、その糸を煮出した樹木や、発酵させた木の実などで染め、洗いと自然乾燥を何度も繰り返し、色を定着させます。そうして染めた糸を用い、生地を手織りで織り上げます。自家用の衣類や寝具の布を織り続けている女性達が慣れ親しんだ伝統的手技に、新しい感覚を織り込んだ普遍的な布を目指しています。

 

伝統的手技に、新しい感覚を織り込む

 

■ ブランドデザイン

 

今回作る服はシニアの方の体形をカバー、着用しやすくし、生地の良さをそのまま表現するためにシンプルなデザインにこだわります。その一つとしてできるだけ生地を傷つけないようにミミをそのまま用いたり、接着芯やファスナーをなるべく使用せず服に仕上げます。又、機能性のみにとらわれたものではなく、シニアの方が出かけたくなるようなおしゃれな服を提供することが重要と考えます。

 

①長時間の座位でも背中の出ない後ろまた上の深い下衣

③片手で脱着できるボタンを使用

④異素材を組み合わせて着脱しやすくする

などの工夫を加える。

 

テキスタイルデザインは染織作家の牧喜代子に、ファッションデザインはデザイナーのさち國に、シニアの方や介護に携わる人の意見を交えデザインを確立します。双方ともこの生地の良さや癖を知り尽くしたベテランデザイナーです。

 

ラオスの布に新たな息を吹き込む。

 

染織作家 牧喜代子

ラオスに来る人々はみな、昔の日本の原風景に似ていると口をそろえて言います。生地も昔、機織りをしながら子供の世話をしているお母さんを思い出し、布自体とても懐かしさを感じます。シニア層は子供のころに思い出のあるこの布の風合いは現代でも色褪せることない輝きがあるのです。その布の風合いを残しシニア向けに若いころを思い出すような明るい色合いで布のデザインをしたい。

 

ラオスで作る手紡ぎ自然染色手織り布はラオスでしか作り得ないが、その布はかつて日本でも庶民に愛されてきた素材。季節を問わず身に着けて心地よい風合いを現在の衣装として提案し、作る人々がさらに喜びを感じられるように。

 

染織作家 牧喜代子

 

ファッションデザイナー さち國 

この布はとても好きです。全てがハンドメイドで全てが自然素材。布にとても魅力があり力があるので、できるだけ布にキズを付けないように、接着芯、ファスナー、ボタンホール等を極力なくし、脱ぎ着しやすく、シニアの気になる部分を隠せて、動きやすい。それでいてお洒落に着こなせる。そんな服を作りたいと考えています。何よりもこの布でデザインした服をどんな人が着て街を歩くのか楽しみです。そんなことを想像しながらデザインしています。

 

ファッションデザイナー さち國

 

 

村人たちが感じる、心と生活の変化があります。

 

■ 自分たちの布がブランドになる

 

最初この事業を始めたときは、村人は、自然染色はダサい、外国から入ってきた機械生産の派手な色合いをカッコイイと感じていました。しかしそんな村人も、一緒に事業をしているうちに、自然染色でも「良い色ができた」と喜ぶ声が聞かれるようになりました。そんな中、自分たちの布がファッションブランドになると話した時、ナーニャン村のウォンさんは普段から表情をあまり表に見せないのですが、はにかんで笑っていました。

 

村人と一緒につくりあげる。

 

あまりブランドといった概念が無い村ですが、日本で自分たちの作った布が評価されていることに喜びも一塩だったと思います。

 

リフレ代表 南清美

 

■ 村人の仕事が拡大し、地場産業として成長

 

自分たちが気持ちを込めて作ってきた織物が日本で受け入れられている事に喜びがあります。はじめは自分たちがやってこなかった新しい企画の色や柄に戸惑いがありましたが、輸出することによって仕事が拡大し、地場産業として成長しつつあります。今では積極的に村人から提案してくれる事もあります。又、日本の市場に受け入れられない、色むらや織り難なども、改善する意識が芽生え、それを直すことによって、日本へ販売量も増え生活も向上したことを肌で実感しています。

 

村々の若い女性たちは、現金収入を求めて隣国のタイなどへ出稼ぎに行くことも多く、中には風俗の仕事に関わってエイズにかかって帰郷するものもいたのですが、家での仕事があることによって村に定住することができるようになりました。

 

左から1番目/松井久仁子・3番目/牧喜代子 右から1番目/牧雄彦

 

 

ラオスの伝統技術をシニア向け上質ファッションというかたちに。

村人たちの自立した生活とシニアの方の笑顔を同時にかなえる。

 

経済成長をしているとはいえ、ラオスはまだまだ、貧困家庭が多く、過疎の村々では学校に行けない子供たちや十分な医療を受けられない村人が多くいます。自分たちの生活の中で培ってきた希少価値の高い「手紡ぎ、自然染色、手織り」の技術が各国の消費者に認知されれば、ラオスの村々の生活を賄うことができます。援助に頼らない事が、自立した経済を確立し、自然環境を壊さない持続可能な社会を築いていけると考えます。援助だけに頼った一過性の医療や教育をうけるだけでなく、安定した資金を得ることで自らの力で道を拓くことが可能となると信じています。

 

又、シニア層の身体的な健康だけでなく精神的な健康も重要と言われています、この布で作った服を着て歩いているだけで、知らない人から声をかけられることが良くあります。全てオールハンドメイドの布はとても懐かしくも、現在に至っては新鮮なのではないでしょうか。お洒落を楽しむ事が少しでも精神的な健康に繋がればと考えています。

 

皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

 

ラオスの村の村長夫妻たち
右から3番目(松井久仁子) 左から2番目(松井岩根) 

 

基本理念

1.ワタも染色材料もラオスの自然農法で得られる素材を使用する。 
2.手紡ぎ、自然染色、手織りなどあらゆる行程を村人の手仕事で行う。 
3.日本の基準にあった品質管理を目指す。 
4.村人の努力に還元できる適正な価格を維持する。


ラオスに何も持ち込まない
村の周辺で入手可能なものを生かしてモノづくりをしています。村人たちの生活そのもの、技術とそれに伴う道具、材料である綿や染材などが自然農業で支えられているからです。 寄付に頼らず、抜本的な自立自助を可能にするビジネルモデル。機械を提供して生産効率を上げるのではなく、ラオスにあるものでラオスの伝統技術をもって人々が自立した経済活動をできることを目指しています。

 

現在の当社オリジナル製品
現在はラオスの伝統織物を使用し、30~40代の服、日傘、バッグ、サンダル等があります。それらの商品も日本で高い技術を持つそれぞれの縫製工場とタイアップしました。

 

品質の向上
国際社会で評価を得るには、高い品質が求められます。全て自然素材、自然染色でできた生地は堅牢度を含め維持するのが難しいためラオスでも、染めた布を川で洗うことを何度も繰り返して色を定着させますが、最終的には日本の洗いの専門工場で洗い、品質の向上に努めています。

 

資金使途

♦手紡ぎ糸を樹木で染め手織りをした布のオーダー

 


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