私の大好きなロシアの劇作家であり、小説家のチェーホフは、医者でした。長いロシア革命の中で18世紀後半、ロシアでは農奴解放やインテリ達の中で、人民の中へ、という「ナロードニキ」という言葉に代表される、民主化、封建時代からの脱却は大きな輝きを持ちました。しかし、革命の手段としての暴力を肯定する流れや、皇帝アレクサンドル二世の暗殺などを経て、時代は一気に保守化し、ネジが巻き戻るように反動政治が始まりました。日本海をはさみ、その大国ロシアを憧れと畏怖を持って見続けていた日本人、特にインテリ階層にとってロシアに現れた新しい思想「社会主義・ソシアリズム」というものは、明治維新の「開国」以来の憧れと、脅威を与えました。 

 

 誠之助はアメリカ留学時代や、インドへでの研究生活時代に、社会主義について関心、興味を持ち始めました。そして又、チェーホフを英訳で読むことで、ロシアの文豪であり医者に親しみを感じていたようです。

 チェーホフは、貧しい雑貨屋のせがれでしたが、その頃の貴族階級の没落によって、優秀な平民階級もモスクワ大学への入学や医者というステイタスのある職業に就けるようになるなど、ロシアの時代の変わり目で輝いた新らしい知識人の一人です。チェーホフは学費がなく、貧しい自分の一家を支える為に、雑誌に小話を書いたところ、それが評判を呼んで文学界や演劇界に一気に躍り出ました。ロシアという社会は、イギリスと同様、演劇界というものが社会の中のインテリ層で高い位置に置かれていました。そこで彼は戯曲を次々と書き、時代の兆児となっていくのです。

 しかしながら、実際の医者の生活、不条理な社会システムや迷信、結核が蔓延り、何の理由もなく前途ある若者が死んでいくのを嫌というほど目にし、無力感に苛まれます。作家として得た財力で、結核病院を建て、地方病院の迷信を打ちこわし、社会衛生を地方で実施しようと死にもの狂いで活動します。その頃、コレラがロシアで猖獗を極め、どんどんと人が死んでいきます。手を洗うこともしならい看護婦や、まじないでの祈祷治療を医学よりも信じる民衆の中、チェーホフは挫折を味わうのです。

 

 その様子は、「六号室」という小説で、ある医者を主人公にしてブラックで不条理な笑いをふんだんに散りばめた作品となりました。

 誠之助はこの六号室を読みつつ、自分の境遇を似たように思うのです。地方の開業医として、栄養学や公衆衛生を同じように広めようとしても、和歌山県の政治や地方の不条理な行政、そして人々の無理解に苦しめられます。その様子を自分自身が六号室の主人公のようだと妻に、皮肉tと自虐を込めて言っていたようです。

 それでもチェーホフや誠之助は、未来に瞬く希望のような「理想」を信じていました。やがて来る平和な世の中を、自分たちの子孫の誰かが享受するその時を夢見るようにして、チェーホフは結核で、誠之助は絞首台で、人生を終える事になりました。

 

 「未来への希望の灯」それは現代では一体どのようなものになるのでしょうか?探し続ける事はやめたくないのです。このREADYFORを始めて、こんなにも多くの人が、世界の不幸の為に活動をしていることを知りました。私のフィールドは演劇ですが、人間を変える力となることを信じて、この「太平洋食堂」プロジェクトをやっています。年が明けて、大きな進捗がありました。達成に向けて、あちこちの企業にも声をかけて行きます。沢山の方の支援で、是非、新宮公演を実現していきます。何卒、お力をお貸しください。(写真は新宮市市民会館です)

 

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