6/24沖繩台灣之塔慰靈祭

 

6月份回台灣辦完分享會之後,臨時插進來沖繩行程是因為沖繩和平公園內的台灣之塔,24日舉辦台灣戰歿者慰靈祭及李前總統揮毫碑揭幕式。而主辦單位通知我的酒將被使用為慰靈祭用的神酒!起因是因為有一位沒見過的日本朋友買了4瓶,因為聽聞慰靈祭而與主辦單位建議使用這隻以台灣米種釀製的日本酒為神酒更有意義。結果他自己喝了一瓶把剩下3瓶寄到沖繩給主辦單位。
所以臨時插入這個行程飛來沖繩參加慰靈祭,當初在台灣高鐵上聽到這件事感動到眼淚都留下來,能被選為祭拜台灣先人的神酒是多麼光榮的事!「台中六十五」名副其實成為連結台灣與日本的酒!讓因為沖繩戰甚至在其他戰場喪命的台籍日本兵們在慰靈祭上有個故鄉的米種所釀製的酒能當慰藉。同行的日本學者提到刻在和平公園石碑上的戰死台灣人名只有區區34位,隔壁的韓國、北韓都一直在增加,這是因為對方學者有在研究,把戰死者的名字挖出來,台灣人當然也不可能只有34位,應該要有學者加緊研究讓戰死者不要連名字都沒有留下.....
本次的沖繩行新發現了蓬萊米與沖繩之前的連結,在1945年時由於前一年美軍開始對沖繩狂轟濫炸,導致沖繩連糧食生產都處於非常困難的狀態,當時的沖繩知事為了讓島民們能有東西吃,冒險在沒有制空權的狀態下飛抵台灣向台灣總督府成功調到450噸蓬萊米配給給沖繩縣民,讓縣民們不致餓死,不然沖繩戰的縣民死亡率會更高,所以我穿台中六十五T恤時幾位沖繩學者都主動跟我搭話,問我T恤的由來,真是又驚又喜,對於沖繩人而言台中六十五號是沖繩的救命米啊!而我的台中六十五號種子又是由沖繩取得,這一連串真的是不可思議的緣份啊!
ps.上一次到沖繩是在台灣之塔建成的前一年,摩文仁之丘有各縣慰靈碑,但並不是全部都在裡面,像島根、山形等都在園區外,當時想新建的台灣之塔應該也在外頭,結果沒想到是在最裡面的精華區啊!可見日本人對台灣之塔重視的程度!這次慰靈祭有四位90多歲的台籍老兵及看護婦參加,祭文也用台語念。

 

24日、沖縄の平和公園の台湾の塔は台湾人戦死者慰霊祭と李登輝元総統揮毫碑除幕式を開催した。なんとタイチュウ六十五が慰霊祭のお神酒に使われた!そのため、急遽スケジュールの調整で沖縄に入った!こんな重要な慰霊祭のお神酒に選ばれたとは、最初に聞いたときはあまりの感動で涙が出た。タイチュウ六十五は名実共に台湾と日本をつなぐ酒になった!当時は同じ日本人とはいえ、戦後は長い間に、沖縄に魂を留まった戦没台湾人にとって、台湾の品種で仕込んだ酒での慰霊はせめての慰めと思う。

現在、平和公園の石碑に刻まれた台湾人の名前はわずか34名だが、となりの韓国さらに北朝鮮は戦没者の名前をどんどん増えていて、それは韓国や北朝鮮の研究者が研究している。台湾人もこの34名だけではありえないと日本学者がいう。
今回の沖縄行きは新たに蓬莱米と沖縄のつながりを知った。1945年の沖縄は前の年から米軍の爆撃により食糧の生産も困難な状態で、当時の島田知事は制空権ない状態の中に飛行機で台湾へ、総督府から900トンの蓬莱米を調達でき、沖縄戦の直前に県民に配給した。この蓬莱米がなければ、沖縄戦の県民死亡数はさらに跳ね上がるでしょう。台湾の蓬莱米は沖縄県民にとって命をつなぐ米でした。私の台中六十五号の籾は沖縄から入手したもので、これは何というご縁だ!不思議としか言えないのだ!

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