皆様からの寄付金が、この週末に40万円を越えました!

様々な情報の接し方をされているようです。 特にこの週末、直接持参される方がいらっしゃり、お預かりしました寄付金を代行入金させていただきました。

万一にも、お返しするような事は非礼であるとの自覚をもって、頑張ってラストスパートに望みたいと思います。

 

その、今後の予定は、ご案内しております撮影会を、2回設定しています。

今までの撮影会の様子や形態をちょっとかいつまんでご案内致します。

 

先ず、小松市がボンネット型特急電車を保存するにあたり、その祖先たるビジネス特急「こだま」を設計された当時の国鉄副技師長、星 晃さんが、生前の平成24年10月に、知人を介して「何とかしてやりたいなぁ」と仰っていたのだそうです。

言霊として、当会は平成27年5月17日の「全国植樹祭」にてボンネット広場近くを天皇皇后両陛下がご行幸されました折、星さんの知人からそのメッセージを賜りました。

天皇皇后両陛下とボンネットとのご縁は、昭和34年4月10日、ご成婚記念日にあたり東京と伊東を往復した臨時準急列車「ちよだ号」の運行にあります。

不思議にも、星さんはその時その場を知るかのように、引き合わせて下さったのでした。

星さんは平成24年12月にご長寿にてご他界されました。 残念ながら現世にてお越しいただく機会はありませんでしたが、今も特急の列車種別札に揮毫されたサインは、イベント時にクハ489-501の側面で掲示する機会がございます。

 

前回事業で補修の後に再現された前面です。 昭和39年10月から同40年10月までの1年間に限って見る事が出来たスタイルです。 しかも営業運転が12月25日からでしたので、10ヶ月足らずの姿だったのでした。

カラー写真が極めて珍しい時代でしたので、その姿を再現出来た事は、後世にもしっかりと受け継がせていただきました。

3月のお披露目から、5月のゴールデンウィーク期間までは、この姿で展示されました。

 

昭和44年から45年にかけての姿です。

全盛期ともいうべき時代に、大きな変化がありました。 スカートにクリーム帯が入り、ライトの上に眉毛が書き入れられました。 星さんにとってはこのスタイルが結構お気に入りだったのだそうです。

昭和40年の483系デビューに際して、スカートを全部クリームにした東北特急とは異なり、481系は赤のスカートを残しました。 地域によって様々な工夫をしたことが伺えます。

そして44年にヘッドマークの自動巻取器による変換式改造を行います。 この「向日町式ロールマーク」を再現する事も、撮影会にはとても重要な事でした。

ゴールデンウィーク明けからお盆明けの8月26日、「スーパーボンまつり」の期間中の姿です。

「スーパーボンまつり」は8月26日と27日の2日間実施しました。 この姿は2日目以降になります。

昭和45年以降、向日町運転所のクハ481型から運転席横のバックミラーが撤去されました。 星さんはこのバックミラーを、ヨーロッパの特急列車同様に、アクセント、いわゆる遊び心も込めて設置したそうですが、それ以上に後方視認性が良好なボンネット型先頭車は、直接視認が楽でしたので、現場の乗務員にはありがた迷惑だったようです。 この年から徐々に撤去され、このような姿になりました。

昭和50年過ぎまでの姿です。

 

そして今回、10月14日には昭和59年から60年の、赤スカート最後の姿を再現し、10月28日には同じ年代の、クリームスカート変更車の姿を再現しての撮影会を実施します。

直接参加出来ない方にはクラウドファンディングでのご参加が可能なプランをご用意致します。

どうぞお楽しみに!!